[040] シナプス伝達 neural signal transmission (GB#113K01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●ニューロンは大勢の意見を聞いて答えを出す
神経細胞のことをニューロン(neuron)という。 ニューロンの仕事は,複雑なニューロン・ネットワークの中にあって,他のニューロンやその他の細胞に信号を伝えたり,伝えなかったりすることだ。 その判断は主に,このニューロンに入力する他の大勢のニューロンの意見で決まる。 それぞれのニューロンの意見を聞くための窓口がシナプス(synapse)という特別の構造だ。 大勢の意見はいつもめまぐるしく変化するので,受けるニューロンの判断もめまぐるしく変わる。 だけど各々のシナプスは,それぞれがいつも同じ言葉しか言っていない。
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●樹状突起は無数のシナプスでおおわれている
ひとつのニューロンは数千以上のシナプスでおおわれている。 ニューロンは基本的構造として細胞体(さいぼうたい,soma)と樹状突起(じゅじょうとっき, dendrite)と軸索(じくさく,axon)という三つの要素からできている。 細胞体は細胞核がある部分で,ニューロンの生活のための本体だ。 細胞体から普通一本だけ細く長く伸びた線維が軸索で,これは「活動電位」と呼ばれる信号を伝導(でんどう)して,遠く離れた別のニューロンなどに神経の情報を伝える働きをする,神経の働きの要となるものだ。 長く伸びた軸索の一番先の部分,軸索終末(じくさくしゅうまつ,axon terminal)がその近くにある別のニューロンの細胞膜と共同してシナプスという小さな構造を作る。 軸索とは別に,細胞体から樹の枝のように四方八方に長く張り出した突起が樹状突起で,シナプスの大部分はこの樹状突起に集中している。 もし樹状突起の壁を全部つなげて一枚のボードにして,シナプスを並べて表示できたら,モニターしているほとんどのニューロンの意見の雰囲気がわかる大きな掲示板が出来上がるだろう。 大雑把にまとめると,樹状突起は意見を聞くところ(入力),細胞体が判断するところ,軸索が意見を出すところ(出力)になる。
●シナプスの言うことはいつも決まっている
シナプスを介してニューロンからニューロンに意見(神経信号)を伝えることを「伝達,neurotransmission」と呼ぶ。 シナプスの数は多すぎて,正確には数え切れないけれど,それぞれのシナプスが言う言葉はふたつしかない。 「賛成」か「反対」だ。 しかもシナプスごとに役割は決まっていて,「賛成」のシナプスは「賛成」としか発言できないし,「反対」のシナプスは「反対」としか発言できない。 「賛成」は業界用語では「興奮性シナプス伝達,excitatory synaptic transmission」,「反対」は「抑制性シナプス伝達,inhibitory synaptic transmission」という現象だ。 ひとつのシナプスは信号を送り出す軸索末端と,その信号を受け取るニューロンのシナプス後膜(しなぷすこうまく,postsynaptic membrane)といわれる部分の組合せでできている。 送り出される信号は「神経伝達物質,neurotransmitter」という化学物質で,信号を受け取るのはシナプス後膜の「受容体,receptor」という装置だ。 「興奮性」か「抑制性」かは,この神経伝達物質と受容体の種類の組合せで決まる。 身体の中では,それぞれ多くの種類があるけれど,ひとつのシナプスの組合せはそれぞれ決まっていて,変えることはできないのだ。 だから「興奮性」のシナプスが選べるのは「賛成」か「沈黙」,「抑制性」のシナプスが選べるのは「反対」か「沈黙」のどちらかに限られる。 ただし,「賛成」も「反対」も,「まあ賛成」とか「絶対反対!」とか,その強さは変えることはできる。
●ニューロンは賛成と反対を膜電位の変化として感じる
「興奮性伝達」のシナプスが信号を伝えたときは,興奮性の受容体がシナプス後膜に「興奮性シナプス後電位,Excitatory PostSynaptic Potential」,略して EPSP(いーぴーえすぴー) と呼ばれる小さな脱分極(だつぶんきょく)信号を発生させる。 「抑制性伝達」の場合は,抑制性の受容体がシナプス後膜に「抑制性シナプス後電位,Inhibitory PostSynaptic Potential」,略して IPSP(あいぴーえすぴー) と呼ばれる,脱分極を抑制する小さな信号を発生する。 それぞれ小さな信号なので,単独ではあまり意味を持たないけれど,大勢の意見が集まると,EPSP は加算されて大きな脱分極になることができる。 (シナプス電位の加重という。) 反対に IPSP も集まると加算されて,脱分極をより強く抑制することができる。 だから EPSP と IPSP が同時に発生したときには IPSP による抑制に打ち勝った分だけ,細胞が脱分極することになる。 少なくとも興奮性シナプスと抑制性シナプスの軸索はそれぞれ別々のニューロンからのものだ。 いつどのシナプスの信号が入るかは,常に変化し続けているので,細胞全体としては絶えず,脱分極したり,もとに戻ったりを繰り返している。
●信号の出口はひとつ
細胞が活動電位を発生することを「興奮,excitation」という。 興奮性シナプス後電位(EPSP)は「興奮性」の「電位」なのに「活動電位」ではないのでちょっと紛らわしい。 EPSP は,大きくなれば興奮を起こすことができる信号という意味で,それ自体はただの脱分極だ。 活動電位は,一瞬の間だけ膜電位が逆転し,隣接する場所に新たな活動電位を再生しながら遠くに伝わっていく「伝導」という性質がある。 それに対して,ただの脱分極はその周囲も脱分極させるけれど,その効果は距離が離れるに従って弱くなり,軸索を通って遠く離れた場所までは伝わらないのだ。 多くのニューロンでは,軸索を伝導する活動電位は軸索の根元の軸索小丘(じくさくしょうきゅう,axon hillock)という部分で最初に発生すると考えられている。 樹状突起のシナプス電位の脱分極が軸索小丘のあたりまで及んで,そこで興奮閾値(threshold)を超えると,軸索小丘で活動電位が発生し,それが軸索を伝導して,遠くの軸索終末まで到達するのだ。 軸索の終わりは枝分かれして別々の目的地にたどり着くことも珍しくはないけれど,細胞体から出て行く軸索はたいてい1本で,軸索小丘もその一か所だ。
●答えをだすのに一瞬,間がある
ニューロンが入力するシナプスの信号を受けて興奮するというプロセスには,軸索終末が興奮して,神経伝達物質が放り出されて,受容体が反応して,EPSP が発生して,それが軸索小丘を脱分極させて閾値を越えたら活動電位が発生するという,長い長い道のりがある。 そのため,同じ距離を軸索伝導するのに比べて,どうしてもシナプス遅延(しなぷすちえん,synaptic delay)と呼ばれる1ミリ秒前後の余計な時間がかかる。 ほんのわずかな時間だけれど,ニューロンが次のニューロンに信号を受け渡すたびに加算されるので,その数が多くなると,信号を伝える速さだけ考えた場合はかなりの時間の無駄になる。 しかし,それだけの時間をかけてもニューロン間の信号伝達には,その速さよりも重要な意味がある。
●反対意見がニューロンを黙らせる
シナプスの声の大きさは,シナプスごとに違っているし,さらにしつこく繰り返すシナプスの意見は強い。 シナプス電位は多くの興奮性シナプスが同時に信号を出せば大きく脱分極するし,少数のシナプスでも,短い時間にしつこく興奮性信号を繰り返せば,大きく脱分極して,ニューロンは興奮する。 しかしここで抑制性シナプスが一斉に大合唱して「絶対反対」を唱えれば,脱分極は閾値を越えられず,ニューロンは沈黙して終わる。 結局,その時点での「賛成」か「反対」かどちらかの有力なグループの意見が通って,ニューロンの「興奮」か「沈黙」かの態度が決まるけれど,この際,重要なのは反対意見の存在だ。 ただ単に興奮信号をニューロンから次のニューロンに受け渡して行くだけなら,軸索を伸ばして興奮伝導をさせたほうが速い。 実際,ヒトの中枢ニューロンでも錐体路ニューロンの神経線維は1メートル近くあって,大脳皮質から脊髄まで一気に興奮を伝導させることができる。 その代わり,途中に信号を遮断するという選択の余地はない。 ニューロン間の連絡で抑制性シナプスがあることで,状況によって信号を斜断するという「神経の情報処理」という可能性が生まれたのだ。
●しつこく発言するシナプスは意見が通りやすくなる
シナプスの声の大きさ,信号伝達の強さは,シナプスの使い方によって変化する。 一定のシナプスグループに,数百ミリ秒程度の比較的短い時間の間に集中的にしつこく伝達を繰り返す高頻度刺激を行うと,その後,以前に比べて一回あたりの伝達で発生するシナプス後電位が大きくなっている。 この現象を業界用語では「シナプス伝達効率の強化」,あるいはシナプス伝達の「増強,potentiation」などと表現する。 この効果は少なくとも数時間,実験が可能な限り持続されているので,シナプス伝達の「長期増強」(ちょうきぞうきょう,long-term potentiation),略して LTP(えるてぃーぴー) と呼ばれ,ヒトが物を覚えるときの脳の仕組みを説明する基礎的な現象だと考えられている,シナプスの可塑性(かそせい,synaptic plasticity)の代表的なものだ。
●樹状突起も興奮する
シナプス電位自体には遠くに伝導する力はないけれど,軸索小丘で興奮が起きたときには,活動電位が軸索を伝導すると同時に,樹状突起のほうにも伝導する。 もともとの信号の流れは樹状突起から軸索小丘なので,軸索小丘から樹状突起への興奮伝導は「backpropagation」(逆伝播?)と呼ばれる。 ニューロンによっては,樹状突起での興奮性シナプス活動が特別に強くて,その場で EPSP が興奮閾値を超えたら,樹状突起から興奮が始まることもあるという。 先の LTP の刺激のときには当然,樹状突起も強く興奮しているだろう。 樹状突起が興奮する現象は,その期間に活性化しているシナプスに限定して長期増強を引き起こすきっかけとなりうるので,シナプス可塑性の仕組みの有力な要素のひとつとして考えられている。 ただし,瞬間的なスパイクのタイミングが重なったシナプスが増強されるというスパイクタイミング依存性のシナプス可塑性のアイデア(Spike-timing–dependent plasticity, STDP) は最近では疑問が示されている.
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○参考にしたサイト
・Neuron, Wikipedia, 24 June 2017.
・Chemical synapse, Wikipedia, 13 June 2017.
・長期増強, Wikipedia, 2016年2月13日.
・Long-term potentiation,Wikipedia, 4 May 2017.
・Total number and distribution of inhibitory and excitatory synapses on hippocampal CA1 pyramidal cells. Neuroscience, 2001.
・Estimation of the Number of Synapses in the Cerebral Cortex: Methodological Considerations, Cereb. Cortex, 1999.
・Automated analysis of neuronal morphology, synapse number and synaptic recruitment,Journal of Neuroscience Methods, 2011.
・Propagation of action potentials in dendrites depends on dendritic morphology,Journal of Neurophysiology, 2001.
・LTP in hippocampal area CA1 is induced by burst stimulation over a broad frequency range centered around delta, Learn Mem., 2009.
・スライスパッチクランプ法(生理学研究所)
・Synaptic plasticity rules with physiological calcium levels, PNAS., 2020.
・広視野2光子顕微鏡が明らかにした大脳新皮質神経細胞のネットワークダイナミクス, 太田 桂輔.
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◆[056] 随意運動の神経回路2大脳皮質と小脳 cerebral cortex and cerebellum
○参考文献
・カラー版 ボロン ブールペープ 「生理学」, 西村書店
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
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