[031] 興奮伝導 conduction of excitation (GB#113H01)

[031] 興奮伝導 conduction of excitation (GB#113H01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab

conduction of excitation
●ヒトの体の中で電気が走っている

日常的に体験しているように,電気の信号はとにかく速い。 体の中でもいち早く情報を伝えようとすると,やはり電気的信号を使うのが一番だ。 だから神経とか筋線維とかは細胞が電線みたいに長いひも状(線維状)のかたちをしていて,その上で,信号を伝える仕組みの一部に電気を”使っている”。 実のところ,モノの中を流れる電気は意外と遠くまで届かない。 身の回りの道具では,銅線を太くして電圧を上げて一気に電気を流しているけれど,体の中ではまた別の工夫が必要になる。 それが活動電位(かつどうでんい,action potential)の伝導(でんどう,conduction)という仕事だ。

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●体の中で電気は遠くに伝わらない?

銅線の中では銅原子は固定されていて,電子だけがその上を移動する。 銅線全体を作っている銅原子の数は決まっていて,原子で抱えている電子の数も決まっているので,銅線の端っこから電子を何個か押し込むと,もう片方から電子が同じ数だけ追い出される。 実際に端っこに入れた電子そのものがもう片方まで移動するまで待つ必要はない。 信号は一瞬で遠くまで伝わる。 

一方,体のなかでは銅線みたいに金属原子でぎっしり固められた信号線は作れない。 電気をもったイオンがふらふらと水中を泳いでいるような状態だ。 おまけに水の中のイオンは簡単に電子をやり取りしたりしない。 だからある場所で電気信号が起きると,電子ではなくて,電気をもった原子(イオン)がまるごと動く。 だけど,イオンは電子に比べるとはるかに重く,大きさもあるのであっちこっちにぶつかったりして,おまけに途中で横道にもれたりして,その電気は数ミリだって離れた場所には伝わらないのだ。 電圧をずっと高くすると無理やりイオンを飛ばして,電気は流れる。 だけどそれだと,意味無くどっと電気が流れるだけで,信号には使えない。 感電するというのはそういう状態だ。

●興奮伝導は伝言ゲーム

神経や筋線維はできるだけ速く確実に信号を遠くまで伝えたい。 だけど頼みの電気信号も一気に遠くまでは伝わらない。 で,どうするかというと,即座に伝わる電気の性質を部分的に利用して,連鎖反応を使って遠くまで信号を送る。 これらの細胞では,電気に反応して開閉するイオンチャネルが細胞膜一面に埋め込まれていて,その開閉が連鎖反応で伝わるのだ。 
non-myelinated-condction

細胞の,ある場所でまず最初の活動電位が発生する。 活動電位が発生することを細胞興奮(さいぼうこうふん,excitation)という。 細胞が興奮すると,電位依存性ナトリウムチャネルが開き,細胞膜を越えて細胞外から陽イオンのナトリウムイオンが流れてくる。 

細胞膜の内側はもともと静止膜電位(せいしまくでんい,resting potential)という,細胞外に対してマイナス(負)の状態にある。 膜電位が一定の脱分極を起こすと興奮する。 入ってきたナトリウムイオンは電気信号となって周囲まで脱分極させるけれど,上に書いたようにその影響は線維状になった細胞の端までは届かない。 だけどそれで十分だ。 届いた範囲のナトリウムチャネルを開いて,新たな活動電位を発生したら,そこからまたその隣に活動電位を発生させる。 というように,開いたイオンチャネルがその周囲に脱分極を起こして活動電位を発生させ,活動電位がその周囲のチャネルを開いて,開いたチャネルがまたその周囲に脱分極を起こして,と延々と繰り返しの連鎖反応が伝わっていく。 

最終的には目的地(神経終末 or 軸索終末)に活動電位が到着すると,そこでは追加でカルシウムチャネルが開いて,カルシウムイオンの流入して,細胞内に増加したカルシウムイオンが次の仕事を始めたりする。 興奮伝導は細胞線維に沿って一列に並んだヒトでやる伝言ゲームのようなものだ。 ここでは声が電気信号で,ヒトはチャネルにあたる。 

●走り出した細胞興奮は後戻りしない

細胞興奮が起きると,細胞内にナトリウムイオンが流入して,その部分の細胞内にプラス電気が増えることになる。 これが周囲を脱分極させて,そこに活動電位が発生するのだけれど,そうすると,活動電位は直前に興奮をしていない場所でしか起きない。 今,興奮したばかりのところは脱分極しても,活動電位が起きないのだ。 これは脱分極で反応するイオンチャネルというものが,一度開くと,しばらくは叩いても開かないという性質を持っているためだ。 活動電位でいうと,その後ろの部分の一定期間は反応しない時期になる。 この期間を不応期(ふおうき,refractory period)という。 不応期があるので,興奮は一度走り出すと,その前方にだけしか進まない。 

さっきの伝言ゲームで言うと,この伝言ゲームはちょっと変わっていて,伝言を聞いたヒトは,隣のヒトの耳に手を当ててこそこそ伝えるのではない。 両隣のヒトに同時に聴こえるように,だけどそれ以上には聴こえないような声で,聞いた事を繰り返すというものだ。 ただし,一度声を出すと,自分はしばらく声が出せなくなる。 その間は隣のヒトの声が聞えてもそれを口に出せない。 それで伝言は一定の方向にしか進まないという格好だ。 

この方法は伝言を伝える方向がどっちかということは気にしないでもすむ。 ただ聞こえたことを繰り返すだけだ。 興奮伝導も同様で,イオンチャネルはどちらから興奮が来たかということは気にしない。 だから,原理的に興奮は線維のどちらから始まっても良いし,どちらへ進むことはできる。 このことを教科書では,「興奮の両方向性伝導の性質」と言っている。 実際には,求心性神経,遠心性神経というように,体の中ではそれぞれの線維で信号の伝わる方向は決まっているから,ちょっと紛らわしい用語だとは思うけど...。
不応期が過ぎると,膜はまた元の状態に戻る。 興奮は膜に跡形を残さない。 だから何度でも,何千回でも何万回でも興奮伝導は繰り返すことができる。(繰り返しの伝言ゲームはすぐに疲れるけれど...。)

●イオンの漏れを抑えると興奮は速く伝わる

活動電位の直接の電気信号が遠くに及ばないのは,ひとつには細胞膜の途中で少しずつイオンが漏(も)れてしまうからだ。 だからその漏れを抑えてやるとイオンの流れが遠くに及んで伝導が速く進む。 伝言ゲームで,自分と両隣のメンバーの間に声が通りやすいパイプを入れてやると,間隔を広げることができる。 同じ人数でも伝言する距離は何倍にも広げることができるから,結果的に,距離で測った伝言のスピードは倍加する。 
myelinated conduction

神経線維ではイオンの漏れを止めるパイプを線維の本体である軸索(じくさく,axon)にかぶせて,伝導する距離をかせぐ方法がある。 実際には軸索の細胞膜にぴったりと別の細胞の細胞膜が,細胞膜だけを広げてぴっちりと何重にも巻きついた髄鞘(ずいしょう,myelin sheath)という構造を作っている。 この髄鞘を巻いた神経線維を有髄神経線維(ゆうずいしんけいせんい,myelinated nerve fiber)と呼ぶ。 

有髄神経線維の興奮伝導は,髄鞘のない線維(無髄神経線維,non-myelinated nerve fiber)に比べると何倍も伝導速度が速い。 ただし,髄鞘があるとその分,線維は何倍も太くなって,限られたスペースに詰められる線維の本数は減ってしまうので,用途に応じて有髄線維と無髄線維は使い分けられている。 

それから,髄鞘で包むとイオンの漏れが無くなって伝導は速く進むけれど,髄鞘を無制限に長くかぶせても,今度は軸索の中と線維の外を進むイオンがいろんな障害物のために滞ってしまうので,絶対安全というくらいの間隔で,髄鞘には「ランヴイェの絞輪(こうりん,node of Ranvier)」と呼ばれる隙間が空いている。 有髄神経線維では,この絞輪のところだけで活動電位を発生して興奮が伝わるので,この伝わり方を跳躍伝導(ちょうやくでんどう,saltatory conduction)と呼んでいる。

※有髄神経線維の髄鞘が病的に脱落(だつらく)する「脱髄性疾患」というのがある。 神経の伝導速度を測ってみると全体としての速度低下(+振幅低下)が観察される。 部分的な脱髄だと,その部分をまたいで伝導速度低下と振幅低下が観察される。 

髄鞘が脱落したら無髄神経になるので伝導速度が遅くなるだけ,とイメージしやすいけれど,生理学的な話をすると,髄鞘の下にはもともと電位依存性ナトリウムチャネルはないはずなので,後天的に脱髄した軸索は本来の無髄神経線維とはかなり違うはずだ。 数ブロックの髄鞘が完全に脱落すると,脱髄した先の方にあるイオンチャネルを活性化できるほど強力なイオン流は期待できないので,興奮伝導は途中で止まってしまうと考える方が妥当じゃないだろうか。 

中途半端に髄鞘が傷ついた部分は,中途半端に伝導するので,速度は遅くなるかもしれない。 また,ひとつひとつの髄鞘が長い,もともと伝導速度の速い線維ほど脱髄の影響が大きくて,神経線維束として見たときは全体的に伝導速度が遅くなるということではないだろうか。 脱髄性疾患の主症状は「しびれ(麻痺)」であって,感覚遅延とか運動遅延ではないと思うけれどね。

(追記)脱髄による伝導への影響は,温度によって変わるようだ。 温度が高いとイオンやチャネルの動作が速すぎて興奮に至らず伝導が斜断されやすく,温度が低いとなんとか興奮ができるものの速度が遅い興奮伝導になる傾向にあるという。 実際,脱髄性疾患の代表の「多発性硬化症(たはつせいこうかしょう),multiple sclerosis」では,体温が高くなると麻痺の神経症状が悪化することが知られている。

●興奮伝導は線維が太いほど速い

「興奮伝導は線維が太いほど速い」というのは試験に必ず出てくる超基本的なお題目だ。 線維が太くなると断面を見たとき,細胞膜の長さは長くなるけれど,線維の断面積はその二乗で広くなるので,軸索の中をイオンが移動しやすくなり,遠くまで電気信号が伝わりやすいというのがその理由だ。 

それで実際,どのくらいの伝導速度なのかというのは,手近の教科書を開いてもらえばほぼ必ず,神経線維の太さと伝導速度の表は載っている。 代表的なものとしては体の中で最も速い線維は骨格筋を動かす運動神経線維,それと筋の長さの変化をチェックする感覚神経線維で,だいたい 100 m/秒前後の速度だ(普通のヒトの手足で実測すると,一番速いピークはだいたい 60 m/秒前後になる)。 どちらの線維も結局,骨格筋の運動に関わるもので,もちろん,有髄神経線維になっている。 ヒトの走る最高速度が 10 m/秒くらいだから,その 10 倍というのは,オリンピック級の選手にとっては,そろそろ運動限界を決める要素になるかもしれない。 

遅い方では 30 cm/秒あたりの無髄線維が表に載っているだろう。 これは時間が多少かかってもかまわない自律神経や,わざと時間をかけて伝えるらしい鈍痛の神経線維に割り当ててある。 普通,教科書には書いてないけれど,骨格筋線維( ← 神経線維ではない) の伝導速度はだいたい 3 ~ 4 m/秒くらいらしい。

●大きな動物の伝導速度は?

ところで,教科書に載っているこれらの例は基本的にネコとかヒトとかのデータだ。 ざっくり言って,最高 100 m/秒だとすると,ほぼ2mのヒトだと頭から足まで信号が伝わるのに 0.02 秒。 これは伝導時間をほとんど気付かないので問題ないけれど,体長が 30 メートルあるシロナガスクジラだと,0.3 秒。 これもまぁ,実際,クジラの動きはずいぶんゆっくりしているからそんなものかもしれない。 しかし,痛覚の線維の伝導速度はヒトでは運動系線維の半分以下だから,クジラでもそうだとすると,伝導時間は 0.6 秒くらいになるようだけど,そうなのだろうか? 

大きな動物の神経線維にはもっと気がかりなことがある。 これはヒトにもある神経だけれど,迷走神経(めいそうしんけい,vagus nerve)の枝で「反回神経(はんかいしんけい,recurrent laryngeal nerve)」という末梢神経は,延髄(えんずい, medulla oblongata)から出て,のどの筋肉,飲み込んだり,声を出したりする筋肉を支配している神経なのに,なぜか心臓のすぐ上にある大動脈弓(だいどうみゃくきゅう,aortic arch)をくぐって喉に戻ってくる。 これは無駄に遠回りをしているだけで,ヒトの場合はそれほどこの遠回りは気にならない。 だけど,キリンはどうだ? 脳からぐるっと心臓を周ってのどまで来たら,5 m くらいになる。 そうすると,のどに変なものを飲み込もうとして気付いても,のどの筋は少なくとも 10 分の1秒くらい経たないと反応しないから大変だ。 というような心配は下のサイトに載っている記事。 (もっとも記事の主旨は,そんな無駄なことを,本当に神様がいたら,するはずがない。だから進化は神様のしわざではない・・・,ということらしいけど。) さらに首だけでも 10 m を越えていた首長竜なんかはどうなんだとかも書いてある。

⇒ The world’s longest cells? Speculations on the nervous systems of sauropods,May 23, 2011,Sauropod Vertebra Picture of the Week

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[049] 随意運動の神経回路 A neural circuit of voluntary movement

○参考文献

プロッパー細胞生物学: 細胞の基本原理を学ぶ,化学同人
Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版,南江堂
細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社

rev.20140611, rev.20140912,rev.20170505,rev.20170516, rev.20180407, rev.20190704, rev.20200124.

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