[041] 心筋線維 myocardial fibers (GB#115F01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●心筋細胞は一生の間働き続ける
動きのある生命現象の中で,心臓の拍動(heart beat)は規則的な繰り返しの代名詞みたいなものだ。 とにかく一生の間,規則正しくリズムを刻み続ける。 その心臓の拍動のもとをたどれば,心臓を構成する一つ一つの小さな心筋細胞(myocardial cell)の収縮と弛緩だ。 心房と心室は交互のタイミングで拍動するけれど,それぞれを構成する心筋細胞群は”ほぼ”一斉に,仲良く収縮する。 心臓は一日におよそ 10 万回拍動するそうだから,一つ一つの細胞も一日に 10 万回収縮する。 しかし驚くのは,それが一日だけの話ではなくて,ヒトの一生の間,細胞は休めないということだ。
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●一年で3千7百万回
心臓は安静にしているとき1分間にだいたい 60 回から 70 回の拍動をする。 幼児では 80 回を超えていて,成長とともに少しずつ少なくなり,高齢者では 50 回台まで少なくなる。 強い運動をするときなどは最大で2倍から3倍の回数に増加する。 安静時に1分間に 70 回として,1時間に 70 × 60 (分)で 420 回。 1日では 420 × 24 (時間)= 10080 回。 ということで,1日におよそ 10 万回という計算になる。 1年だったら 10080 × 365 (日)= 36772000 回。 寿命を 80 年として,その 80 倍は 2 億 9 千 4 百 30 万回。
心筋細胞は基本的に一生の間,入れ替えはないらしい。 その延々と続く活動を支えるエネルギー源は主として脂肪酸が使われて,必要な ATP の 60 % から 70 % をまかなっているという。 つまり,骨格筋が得意な解糖系は心筋細胞では乏しいので,酸素不足になればすぐに ATP 不足を生じる。
心筋細胞は働き出したら,人の寿命が近づくまでは持ち場を離れることができないまま,3億回近くも休みなく拍動を続けるなんて,考えるだけでも,心臓が痛くなりそうだ。
●横紋筋だから素早く収縮する
心筋細胞は,骨格筋ではないけれど横紋筋だ。 骨格筋線維と似たように,筋フィラメントが規則正しくコンパクトに配列していて,収縮力が効率的に瞬間的に発生する。 だけど,心筋は骨格筋の変型ではなくて,どちらかというと特殊化した平滑筋だそうだ。 血管平滑筋の続きなのだから,それはそうだ。 そのためか,収縮を引き起こす活動電位が特殊で,骨格筋細胞のように一瞬(数ミリ秒)で終わらずに,興奮の持続時間が 1 秒の3分の 1 ほどもあるので,「単収縮」(たんしゅうしゅく,twitch)なのに収縮の持続時間も同じ程度に長い。 さらに,いったん興奮すると活動電位が完全に終わって膜電位がもとに落ち着くまで,活動電位の「不応期」(ふおうき,refractory period)も長くなり,その間は重ねて興奮は起きないので,一回一回の収縮が明瞭に区切られる。 これは心臓のポンプ活動にとって欠かせない大事な性質だ。 時に,その性質が崩れると「不整脈」や「細動」と呼ばれる病的な状態になる。
●ばらばらの細胞なのに一斉に収縮する
心臓の塊は人のこぶしくらいあって,特に力の強い心室は,固定した標本とかで見ると,長い筋線維が束になって一定方向に走る厚い壁に見える。 だけど,ひとつひとつの心筋細胞はとても小さくて,長さが 10 分の 1 ミリよりももっと短い,棒状だ。 しかも不規則に端が二股になったりして以外と一口には表現しにくいめんどうな形だ(笑)。 その不規則な細胞の中に,横紋のある筋原線維(きんげんせんい,myofibril)が一定の走向でぎっしり詰まっているから,細胞全体の収縮方向が決まっていて,その決まった収縮方向にそって,心筋細胞同士がつながって,長く続く線維を作っている。 一つ一つの細胞が不規則で股割れしているから,つながり合うと,全体的に方向性のある網目状というかスポンジ状の塊になっている。 このスポンジを作る部品,心筋細胞はそれぞれ別々の細胞なのに,心筋の塊は一瞬のうちに一斉に収縮する。 その秘密は筋細胞のつながり方にある。
●機械的な結合と電気的な結合
筋原線維の軸がつながるように並ぶ心筋細胞と心筋細胞は,普通の細胞同士の接し方とは全然違う「介在板」(かいざいばん,intercalated disk)と呼ばれる特殊な結合をしている。 介在板の主要な部分は,細胞膜を越えて筋原線維の長軸の末端同士を特殊な線維でつなぐデスモゾーム(desmosome)と呼ばれる機械的な強度のある結合で細胞同士を連結している。 さらにデスモゾームの周辺部にはギャップ結合(gap junction)またはネクサス(nexus)とも呼ばれる別のタイプの細胞膜の連結構造があって,小さなトンネルを通じて,接する細胞の間で直接,水分子やイオンが行き来できるようになっている。
ギャップ結合はイオンを通すので,心筋細胞の活動電位はそのまま隣の心筋細胞に興奮伝導される。 ひとつひとつの心筋細胞は介在板を介して周りの二つ以上の心筋細胞と連結しているので,心筋のスポンジの塊全体が介在板で連結された興奮伝導ネットワークになっている。 そのため一か所で発生した活動電位があっという間に心筋全体に広がって,一気に収縮が起きるのだ。
※骨格筋線維は一本の線維がひとつの骨格筋細胞だ。 それに対して,心筋線維(myocardial fiber)は無数の心筋細胞が介在板で連結した構造になっている。
●心筋線維は右巻き?,左巻き?
各々の心筋細胞の収縮は筋原線維が縮む一方向に決まっている。 心筋細胞が作るネットワークも部分的に見ると一つの方向に揃って作られているから,その部分の収縮も一方向だけに限られる。 袋のかたちをしている実際の心臓は一方向だけの収縮ではなくて,3次元的に収縮弛緩する。 それを実現するための工夫にも感心する。 心筋の壁は,特に左心室の壁は外側から内側にかけて大雑把に3段階の領域に分けることができて,一番外側と一番内側の心筋線維の走向は,心室の長軸に対して斜めにらせんを描きながら走っていて,しかもお互いにほぼ直交しているのだ。 中間の領域はその中間の方向を向いている。 そのため,全体的にはどの方向にも均等に収縮して,効率よく血液を駆出できる。
そのらせんの向きは,左心室の長軸を縦にして外から見ると,一番外側の心筋線維は左上から右下にかけて走っている。 この向きを英語では「左手のらせん」(left-handed helix)と表現するそうだ。 心室に手をかぶせて,親指方向に(下から上に)らせんが進むとき,人差し指の根本から指先の方向に巻きが入るというイメージだ。 それに対して,一番内側の心筋線維は右手のらせんを描いていることになる。 この線維走向については心筋梗塞や不整脈で心筋線維の一部が使えなくなった時,心臓のポンプ機能に大きくかかわるので,臨床的な観点から注目されているらしい。(というか,その起源について,論争が続いているようだ。)
●それぞれの心筋細胞は自律能力はある
心筋の塊の一員の心筋細胞は,ペースメーカーの働きをしている洞房結節(どうぼうけっせつ,sinoatrial node)や房室結節(ぼうしつけっせつ,atrioventricular node)のリズムにしたがって忠実に自分も拍動する。 まるで自分の意思はないかのようだ。 だけど実は心筋細胞は基本的にどれも,自分ひとりにされると,ひとりだけで拍動を始める潜在能力はあるらしい。 ただしそのリズムはペースメーカーのリズムよりも必ず遅い。 集団のリズムは一番早いメンバーのリズムに引きずられるのだ。 心筋集団の中に,洞房結節や房室結節よりも早いリズムを刻む細胞があると,ペースメーカーの仕事がなりたたない。 (ペースメーカーの細胞集団のリズムの決定には,また別の調節が働いているらしい。)
●心筋細胞は再生しない
心筋に栄養を送っている血管が詰まって心筋梗塞(しんきんこうそく,myocardial infarction)を起こすと,虚血(きょけつ,ischemia)に耐えられなかった心筋細胞は死んでしまって,その死んでしまった部分には心筋細胞は戻らない。 したがって心筋細胞は再生しないと言われている。 少なくとも何かの処置を施さなければ自然に再生しないことは確実なようだ。 ところが最近,心筋線維の隙間の部分に心筋細胞を再生させる能力のある心筋幹細胞(endogenous cardiac stem cells)がごくわずかながら存在することがわかっている。 これをうまく利用すると,やりようによっては,死んでしまった部分の心筋細胞を再生させることもできるのではないかと期待されているという。
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○参考にしたサイト
・心筋細胞の組織について ⇒ Overview heart muscle, Dr Jastrow’s electron microscopic atlas.
・心臓の鼓動を生む仕組み解明/不整脈解明に役立つ可能性, 朝日新聞記事,2014年4月27日.http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140427-00000007-asahi-sci,【リンク切れ】 再掲
・心筋幹細胞について ⇒ 心筋幹細胞で世界初の心臓の再生治療を実現, 2011年2月24日.
・心筋線維のらせんについて ⇒
・Systolic ventricular filling., Eur J Cardiothorac Surg, 2004.
・The anatomical arrangement of the myocardial cells making up the ventricular mass., Eur J Cardiothorac Surg, 2005.
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◆[021] 活動電位 action potential
◆[031] 興奮伝導 conduction of excitation
○参考文献
・肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20160611,rev.20170506.
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