[053] アセチルコリン受容体 acetylcholine receptors (GB#114B03) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●合う鍵穴はひとつとは限らない
神経伝達物質(neurotransmitter)と受容体(receptor)は,鍵と鍵穴みたいな関係と教えられる。 それで,なんとなく,お互いに相手は唯ひとつと思い込んでしまう。 だけど,鍵にも,マスターキーっていうものがあるので油断できない。 例えば,アセチルコリン(acethylcohoine)は,鍵穴がまるっきり違う2種類の受容体と反応できる。
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●アセチルコリンは細胞の中に入れない
アセチルコリンは,シナプス(synapse)のところで細胞の外から,細胞膜に頭を出している受容体と結合して,細胞に反応を起こさせる神経伝達物質の代表的なひとつだ。
受容体はそれぞれ結合する相手の物質は決まっていて,アセチルコリン受容体は,身体の中にある物質としては,結合できるのはアセチルコリンだけだ。 ある受容体に対して,アセチルコリンのような,結合する体内の特定の物質を,その受容体のリガンド(ligand)という。 アセチルコリン受容体はいくつも種類があって,その中には, 同時にイオンチャネルの働きを持ったリガンド依存性イオンチャネル(ligand-gated ion channel)のタイプも含まれる。
●受容体はアゴニストで識別される
アセチルコリンの側からすると,相手の受容体は,構造や仕組みが異なる少なくとも2種類のグループに分かれる。
ひとつは,アセチルコリンのほかに,たばこのニコチン(nicotine)が結合する相手だとわかったので,ニコチン性受容体(nicotinic receptor)と呼び,話がアセチルコリン受容体のことだとわかっていれば,略してN受容体ともいう。
もう一つは,毒キノコのムスカリン(muscarine)という物質が結合する相手だとわかったので,ムスカリン性受容体(muscarinic receptor),同じく略してM受容体とも呼ばれる。
ニコチンやムスカリンは,本来,身体の中にあるものじゃない。 もともと体内にあるものじゃないけれど,リガンドと同じ受容体に結合して,同じ作用を引き起こす物質をアゴニスト(agonist)という。 アゴニストは微量なら薬としての使い道があるものも多いけれど,本来の生理的な信号伝達をかく乱するので,量をあやまれば毒となる。
ニコチン性受容体といっても,「ニコチンのために用意された受容体」というような意味はなくて,人間が受容体を区別するための「名札」として使っているだけだ。
●リガンドはデコボコの立体物
ニコチンとムスカリンの分子の形はまったく異なっている。
ニコチンはムスカリン性受容体には効かないし,ムスカリンはニコチン性受容体に効かない。 だからアゴニストが結合する部分(結合部位,binding site)の形もお互いにまったく違うはずだ。
それなのにアセチルコリンは両方の受容体に結合できる。 ここで初心者はもやもやしてしまう。 「アセチルコリン」という物質が,まるっきり違う二つの結合部位をどちらも自分の相手と認めるって,どういうこと?というわけだ。
小学生のヒロシ君はタケオさんの子供であると同時にイチロウさんの子供でもある,というように,なにか複雑な事情がありそうで気になるけど,へたに深入りしないほうがいいかなという感じだ。 このもやもやはたぶん,普通の授業での説明が,名前だけで片づけられていることが背景にある気がする。
実際のからくりは簡単で,タケオさんは女性で母親なのだ,という話ではなくて,アセチルコリンがそれぞれの受容体に違った結合の仕方をしているだけだ。
アセチルコリンはデコボコのある立体物なので,見る角度が変れば,形も違って見えるのは不思議じゃない。 とはいえ,このアニメーションほど単純ではないらしいけれど,大雑把に理解するためにはこの関係が分ればいいのだ。
●N受容体とM受容体は仕組みが違う
N(ニコチン性)受容体とM(ムスカリン性)受容体は,アルファベットがひとつずれただけにしては,その後の仕組みがまるっきり違っている。 N受容体は,イオンチャネル型(ionotropic)受容体の代表だ。 一方,M受容体は代謝型(metabotropic)受容体の代表だ。
イオンチャネル型アセチルコリン受容体(N受容体)は,見方を変えると,リガンド依存性イオンチャネル(ligand-gated ion channel)の代表でもある。
細胞膜を貫通している受容体分子そのものにイオンチャネルが組み込まれていて,リガンドの結合で分子の形が変って,チャネルが開いたり,閉じたりして細胞に信号を伝える。
代謝型(たいしゃがた)アセチルコリン受容体(M受容体)はイオンチャネル型と同様に細胞膜を貫通しているけれど,イオンチャネルは持っていない。 どうやって信号を伝えるかというと,受容体分子の形が変わると,細胞膜の内側で特定の物質を作ってばらまくのだ。 この物質が信号となって,また別の分子に情報を伝える。
(アニメでは省略しているけど,受容体の内側で作られた分子が,細胞膜の内側から結合することで ON/OFF するチャネルとか,別の受容体とかと連携している。)
信号物質を作る過程は,ある物とある物を合体させたり,もともとある物をばらして作ったりする生化学反応,つまり物質の代謝活動だ。 信号の伝達のスタートが代謝活動なので,代謝型受容体と呼ばれる。
●受容体はいくつもの細かい種類がある
代謝型アセチルコリン受容体は,数多い代謝型受容体の中でも,ATPの親戚のGTP(グアノシン三リン酸,guanosine triphosphate)がくっついたり離れたりすることで信号物質となるタンパク,Gタンパク(G-proteins)の代謝が最初に起こるので,Gタンパク共役型受容体(G protein-coupled receptor,GPCR)と呼ばれる大きなグループの中のひとつだ。
どちらかというと,その中の古いタイプの受容体のようだ。 さらに,M受容体もN受容体にも,それぞれ構造や働き方が微妙に異なるいくつものサブタイプがあるのだけれど,ここでは深入りしない。
ひとつの物質に対して少しずつ違うタイプの受容体があることは,実際は普通のことで,アセチルコリンの受容体が特に教科書で取り上げられるのは,受容体の分布に特徴があると同時に,たぶん,働く仕組みの大きく異なる受容体の違いを説明するのに好都合という面もある。 だから,この違いをきちんと説明しないと,N受容体とかM受容体の区別の”意味”がわからないんじゃないか。
●N受容体による細胞の反応は速い
N受容体のようなイオンチャネル型受容体は,リガンドの結合によって直ちにイオンチャネルが開いたり閉じたりする。 N受容体は基本的に陽イオンを通すチャネルなので,ナトリウムイオンやカルシウムイオンなどが即座に流れたり,止まったりする。 これらのイオンの動きは細胞膜電位を脱分極させたり,過分極させたりする効果がある。
受容体の持ち主が神経細胞や筋細胞などだったら,続いて電位依存性ナトリウムチャネルなどが反応して,脱分極が閾値(いきち,threshold)を超えると活動電位を発生して興奮する。 リガンドやアゴニストが結合したN受容体は細胞に素早い脱分極を起こさせる。 しかしリガンドやアゴニストが外れたらすぐさま反応が止まるのが特徴だ。 (カルシウムイオンは細胞内で別の様々な生化学的な反応を起こす信号にもなるので,流れ込む程度によっては,チャネルが閉じたあとにも細胞に影響を与える。)
●M受容体による細胞の反応は遅い
それに対して,M受容体のような代謝型受容体では,信号物質を作って細胞内でばらまくことから始めるので,表向きの細胞の反応はイオンチャネル型ほど早くは起こらない。 この信号の行先には,細胞膜の内側から物質がついたり離れたりすることで開いたり,閉じたりするイオンチャネルがいくつも連携していたりする。
だけどその間には何段階かの反応があったりするので,脱分極や過分極を起こすにしても,時間がかかる。 こんなまどろこしいM受容体の利点はなんなのか。
イオンチャネル型受容体は反応は速いけれど,まさにリガンドが結合した受容体=チャネルしか反応しないし,リガンドが外れると基本的にはすぐにその効果も終了する。 それに対して代謝型受容体では,始まりは遅いけれど,リガンドが結合している間は信号物質を作り続けて,リガンドが外れたときは直接の信号物質の生成が止まるだけで,すでにばらまかれた信号物質はその後,勝手に仕事をしてくれる。
もとのリガンドの量が同じだとしたら,イオンチャネル型より代謝型の受容体の方が,長い時間,広い範囲で,いろんな反応が同時に進むことになる。 膜電位の変化を起こすときは,遅く始まりゆっくり終わる。 代謝型受容体の反応はキレが悪いけれど,そのところが持ち味と言える。
●適材適所の受容体
運動神経と骨格筋の間のシナプス連絡(神経筋接合部,neuromuscular junction)では,もっぱらN受容体が働いていて,素早い応答が特徴だ。 その反対に,内臓の多くの平滑筋や分泌腺などのアセチルコリン受容体はすべてM受容体で,副交感神経系(parasympathetic nervous system)の亢進による持続的な調節を支えている。
末梢にある自律神経節(autonomic ganglion)の節前線維と節後ニューロン( postganglionic neuron)の間のシナプスでは,教科書的にはN受容体の存在だけが有名だ。 国家試験のための勉強ならそれで十分だ。 しかし細かく言うと,自律神経節も含めて,神経細胞同士のシナプスでは,中枢でも末梢でもN受容体とM受容体がどちらも働いているようだ。
それでアセチルコリンを受けた神経細胞の素早い応答と持続的な応答の両方を可能にしている。 たばこのニコチンの作用は,中枢神経系のN受容体への影響が強いらしい。 ムスカリンは血液脳関門(blood-brain barrier)を通らないそうで,毒物としての作用は主に末梢の臓器に対するものらしい。
●拮抗する物質も違う
外来物で,アゴニストのように受容体に結合するけれど,結合するだけで反応を起こさせない物質もある。 アゴニストの反対で,アンタゴニスト(antagonist),日本語では拮抗薬(きっこうやく)と呼ばれる。 なにもしないのに受容体に拮抗して(張り合って)結合するから,本来のリガンドの結合をじゃまして反応を抑える。
N受容体とM受容体のそれぞれのアンタゴニストは,やはりまったく別々の物質だ。 N受容体に対しては,クラーレ(curare)あるいはツボクラリン(tubocurarine)と呼ばれる南米の毒薬が,専用のアンタゴニストとして有名だ。 アセチルコリンのじゃまをしてN受容体に結合して,しかもなにもしないから信号の伝達が遮断(しゃだん)されて,例えば呼吸筋などが麻痺(まひ)する。 アトロピン(atropine)はM受容体専用の拮抗薬として有名だ。
内臓のアセチルコリン受容体はM受容体なので,主に副交感神経の活動による反応はこれで抑えられる。 この場合はただの麻痺というより,逆の交感神経の働きが一方的に強くなって,微妙な生理的な調節が阻害される。 ツボクラリンはM受容体には働かないし,アトロピンはN受容体には働かないことも,それぞれの受容体がまるっきり造りが違うことを表している。
●外からきた物質は分解されにくい
アゴニストであるニコチンもムスカリンも,アンタゴニストであるツボクラリンもアトロピンも,どれもそれぞれ特別な植物から抽出した薬物だ。 ヒトはもちろん,動物の身体では作られないし,めったなことでは身体の中に入ってくるものじゃない。 身体の中で作って活用しているアセチルコリンは,分泌すると直ちに片づける仕組みも同時に用意されている。 受容体のすぐそばにアセチルコリンエステラーゼという分解酵素が控えているから安心なのだ。
ところが,アゴニストもアンタゴニストももともと体内にある物質ではないので,受容体には(たまたま)うまく結合するのに,分解酵素はだいたいにおいて用意されていない。 いろんな有害物質を分解できる肝臓に運んで処理してもらうか,肝臓もお手上げなら,なんとか腎臓から尿に溶かして捨てられるのを待つしかない。
ニコチンは肝臓でコチニン(cotinine)いう形に変えられて,ゆっくり腎臓から捨てられる。 ツボクラリンも多くは肝臓で代謝されて排泄されて,残りはそのまま排泄される。 ほかはよく知らないけれど,いずれにしても,受容体から即座には外れにくい物質たちだ。
●伝達物質の構造はただの記号
受容体や酵素の分子は,ほかの物質と結合することで,自分自身の形を変えたり,ほかの物質を分解したり,合成したりといろいろな仕事をする。 そのため,その構造には全体的にまとまった機能上の意味があるし,直接に実行する仕事も限定的に絞り込まれている。
それに対して,伝達物質になる分子は,受容体に結合することで,信号のタイミングを伝えるだけなので,その構造は安定していることは大事だけれど,機能的な意味はなくていい。 ただの記号だ。 しかも分子構造は立体だから,見る方向によっていろんな形に見える。 だから一つの物質が種類の違う受容体と,それが用意されているなら,反応することは実際は全然おかしくない。 だから受容体の組合せは可能性としてはいくらでも無限にあっていいようなものだけれど,実際のところある程度絞り込まれている。 それは進化の過程の歴史的な背景があるのだろう。
重要なものとしては,アセチルコリン以外にも,中枢神経系で伝達物質として幅を利かせているグルタミン酸(glutamate)にはイオンチャネル型と代謝型の両方の受容体があるし,それぞれに細かいサブタイプが存在する。 初歩的な教科書では複雑すぎるから,覚えなくて良いようになっているので助かっているのだ。
※「阻害剤」を「拮抗薬」に改めました。
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○参考にしたサイト
・アセチルコリン受容体,Wikipedia,2018年7月11日.
・アセチルコリン, 脳科学辞典,2015年3月26日.
・遅いシナプス後電位,脳科学辞典,2012年11月3日.
・Muscarinic acetylcholine receptor,Wikipedia, 14 April 2017.
・Gタンパク質共役型受容体,脳科学辞典,2016年2月7日.
・Ligand-gated ion channel,Wikipedia, 2 July 2017.
・Nicotinic acetylcholine receptor,Wikipedia, 20 June 2017.
・Nicotinic agonist,Wikipedia, 7 April 2017.
・Neurotransmitter,Wikipedia, 28 June 2017.
・Table of Common Neurotransmitters(Biochemistry of Neurotransmitters and Nerve Transmission), The Medical Biochemistry Page, May 26 2017.
・実際のニコチン受容体の構造 ⇒071: アセチルコリン受容体 (Acetylcholine Receptor) – 今月の分子 – PDBj
○関連する記事
◆[036] リガンド依存性イオンチャネル ligand-gated ion channel
◆[040] シナプス伝達 neural signal transmission
◆[024] 電位依存性ナトリウムチャネル voltage-dependent sodium channel
◆[021] 活動電位 action potential
◆[028] 静止膜電位 resting membrane potential
◆[013] 細胞膜の脂質二重層 lipid bilayer of the cell membrane
◆[004] 陽イオンと陰イオン(1)引力と反発力,cation and anion, attraction and repulsion
◆[044] 伸張反射 stretch reflex
○参考文献
・カラー版 ボロン ブールペープ 「生理学」, 西村書店
・Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版,南江堂
・プロッパー細胞生物学: 細胞の基本原理を学ぶ,化学同人
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20161223, rev.20170708, rev.20171219, rev.20180106, rev.20180228, rev.20181224, rev.20190503, rev.20190616.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)
コメント
WHITEBOARD でコメントに応答してましたが,ページで返事を書いていなかったですね。申し訳ない。ニコチン受容体やムスカリン受容体に関しては,ネットでもしばしば話題に上がっているのに,初学者向けに丁寧に説明されたものが見当たらない感じだったので,書いてみました。これでわかった!と言ってくれる人がいて,何よりです。ありがとうございました。これからも応援よろしくおねがいします。
ニコチンなんてもともと体内にあってはならないものなのに、なぜニコチン性受容体というものがあるのか、という初学者の疑問を解いてくれていて、またアンタゴニストの説明もわかりやすくて、すばらしい!ありがとうございます!