[021] 活動電位 action potential (GB#113A01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●細胞の興奮が目に見える?
イオンのところでも書いたように,われわれが生きているこの瞬間瞬間のできごとはすべて眼に見えない「電気化学的」な力に頼っている。 その中にあって活動電位(かつどうでんい,action potential)は,細胞の電気現象にしてはめずらしく,とんがった「カタチ」があって,むしろ「見える」ほうかもしれない(笑)
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Contents
●興奮する細胞
われわれの身体を作っている細胞のなかでも特に神経細胞や筋肉細胞は独特の電気信号を強力に発生する。 それが活動電位と呼ばれる信号で,この信号を発生している状態を細胞興奮(さいぼうこうふん,cell excitation)と呼ぶ。 「興奮」と言っても別に湯気を立てたり赤くなったりしない。 筋肉細胞は興奮すると収縮するから,興奮したことはわかるけど,興奮は筋収縮の前に起こる現象なので,興奮そのものを見ているわけではない。
●見えない信号だからカタチが気になる
活動電位は細胞膜電位の一時的な逆転現象だ。 なじみのない人にはまず「細胞膜電位」というのがわからない。 生きている細胞というのはすべて細胞膜の外側と内側では「電圧」が違う。 ただし正確に言うと「電圧」は大きい/小さいしかないけれど,細胞の外側と内側では電圧の向きが違う。 細胞の外側がプラス(正)で内側はマイナス(負)になっている。 こういうものは専門用語としては「電位(でんい)」いう言葉を使って区別している。 なので,細胞膜をはさんでの電気の状態を「膜電位」と呼ぶ。 さらに膜電位は外側を基準にして細胞内を測るという約束になっているので,通常の「膜電位は負である」ということになる。 (細胞膜の外はゼロだ。)
・膜電位が発生する仕組みは,ここで出すにはちょっとだけややこしいので説明するのは別の機会にm(_ _)m。
活動電位は,膜電位が逆転して「一瞬だけ正になる」という現象だ。 だけど電気現象というものは目に見えない。 そこで電位の変化の流れ(時間経過)を,特別の計測装置(微弱電圧変化の増幅器)を使って示してそれを活動電位のカタチとして観察することになる。 最も標準的なカタチがたいていの教科書に載っている この姿だ。 低いところから鋭い山が飛び出している。 横軸は時間を表し普通,左側から右側へ時間が流れていく。 電位が逆転(マイナスからプラスへ)するのはほんの一瞬だ。 この図では全体で端から端までわずか 10ミリ秒(msec)弱のできごとを示している。 縦軸は振幅(しんぷく,amplitude)で,てっぺんまでの山の高さはだいたい 100 ミリボルト(mV)といったところだろう。 どちらの単位もミリがついている。 ミリというのは 1000 分の1という意味だ。 1ミリ秒は1秒の 1000 分の1,1ミリボルトは1ボルトの 1000 分の1の大きさになる。 10 msec は 100 分の1秒,100 mV は 10 分の1ボルトということになる。 これがだいたい神経細胞が興奮するときの信号のカタチだ。
●活動電位は小さいけれど大きい
人間の日常生活の感覚でいうともちろん,この信号はかなり小さい。 細胞にとってはどうか考えてみよう。 この電気信号は細胞膜をはさんで細胞の内外で起きる変動だ。 細胞膜の厚さをおおざっぱに 10 nm(10 ナノメータ = 10 × 10-9m)として,それをはさんで 100 mV の信号が発生している。 これがどの程度のことかというと,細胞膜を手元にあるコピー用紙だとしよう。 ちょっと厚めのコピー用紙はだいたい 100 μm(100 × 10-6 m)の厚さだ。 実際の細胞膜に比べると 100 × 10-6 / 10×10-9 = 10 × 103,つまり1万倍になる。 だからコピー用紙を細胞膜とすると,信号の大きさも1万倍になると考えて 10 分の1V×1万 = 1000 V という日常生活を大きく外れた値になってしまう。 1枚のコピー用紙をはさんで 1000 V の電圧がかかるのと同じということだ。 これがさらに一瞬のうちに変化するのだから,細胞の興奮というのは信じられないくらい激しい大事件に見える。
●活動電位はあとかたを残さない
細胞興奮のすごいところは,しかし,こんなに激しい信号なのにほとんど細胞に影響を与えないで,あとかたもなく元に戻ってしまうことにある。 コピー用紙をはさんで 1000 ボルトも電圧がかかればどっかが焦げてしまいそうだ。 そうでなくても何度もこの信号を繰り返しているとやはり細胞のどこかが壊れてしまうのでは?と心配になるほどの一大事なのに,興奮性細胞は何千回でも何万回でも平気で活動電位を繰り返す。 もちろん何万回も繰り返すと何らかの影響はあるけれど,それは細胞分化や成長の反応を進める生理的な影響であって,細胞を損なうものではない。 電気がダメージを与える要素があるとすれば,それは主に電気の流れる量,電流の大きさであって,電圧の大きさだけだったらそうでもない。 活動電位で実際に流れる電気の量はたいして多くないのだ。
※カルシウム活動電位は流れ込むカルシウムイオン(Ca2+)の量が大事な役割をする。
●活動電位は連鎖反応のバトン
活動電位は電気的な出来事だけど,灯りを点けたりモーターを回したりというような電気の力(電力)を使ってする仕事が目的ではない。 細胞の中のものを電気の力で動かしたり反応させたりということではないのだ。 これは細胞膜に同じ反応を次々に連鎖反応として広げる ”手続き” のようなもので,リレー競争のバトンみたいな位置づけと言ってもいいかな? ただしこのリレーの走者は走らない(?)。 走りはしないけれど,細胞膜に散らばって埋まっている無数のイオンチャネル(特に電位依存性ナトリウムイオンチャネル)というタンパク質のかたまりのうち,一群のチャネルがそこに居座ったままで,近くの別のチャネルに活動電位というバトンを次々に渡していくゲームみたいなものをイメージしてほしい。 (座ったままの伝言ゲームのほうが良いかもしれない。) この電位依存性ナトリウムイオンチャネルは電位変化の信号をもらうと形と性質がその場で一瞬に変わる。 このイオンチャネルは普段のほとんどの時間は閉じていてイオンが流れないようになっている。 だけど,そのチャネルが一瞬 “開く”のだ。
イオンチャネルは開くと電位を変化させる作用をもっている。 それが原因となって電位が変化する。 電位が変化することでまた別の一群のイオンチャネルが変化する。 つまり開いたイオンチャネルが別の一群のイオンチャネルにバトンを渡す。 その一群がまた別の一群に電位変化というバトンを渡す。 開いたイオンチャネルはまた閉じる。 次のバトンを受け取る準備状態に自動的に戻るのだ。 このように一瞬にしてイオンチャネルの変化が細胞全体に波及する。 その変化が信号になる。 もしイオンチャネルの開閉が目に見えたら(実際には見えないけれど),こんなふうに なんどでも繰り返して細胞膜全体に広がっていく姿になるだろう。
実際はこんなまん丸いだけの細胞で興奮するものはあまりない。 連鎖反応を広げる仕組みだから,細長い細胞ほど威力を発揮する。 神経線維や細長い筋線維の端から端まで一気に信号を広げるにはこれしかない。 細長い細胞で興奮が伝わっていくことを「興奮伝導(こうふんでんどう,conduction of excitation)」という。 われわれが普通に生きて動いて感じたりできるためには活動電位とその興奮伝導は欠かせない信号なのだ。 興奮伝導の仕組みについてはまた別の機会にさらに説明する。
※興奮していない時の細胞内が負の電位状態を「静止膜電位(せいしまくでんい,resting potential)」という。 静止膜電位の仕組みとイオンチャネルの動きについても別の機会に説明する。
※電気うなぎは活動電位を,近くの獲物をしびれさせる武器としても使う。 時には食らいついたワニを失神させる力も持っているけれど,このようなものは特殊な使い方だ。
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○参考にしたサイト
・活動電位,Wikipedia. 2018年5月25日.
・スライスパッチクランプ法(生理学研究所)
○関連する記事
◆[024] 電位依存性ナトリウムチャネル voltage-dependent sodium channel
◆[040] シナプス伝達 neural signal transmission
◆[036] リガンド依存性イオンチャネル ligand-gated ion channel
◆[031] 興奮伝導 conduction of excitation
◆[028] 静止膜電位 resting membrane potential
◆[044] 伸張反射 stretch reflex
◆[013] 細胞膜の脂質二重層 lipid bilayer of the cell membrane
◆[004] 陽イオンと陰イオン(1)引力と反発力,cation and anion, attraction and repulsion
◆[041] 心筋線維 myocardial fiber
○参考文献
・臓単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (内臓編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20140705, rev.20160611, rev.20170211,rev.20170504, rev.20171218.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)
コメント
SKさん,コメント,有難うございます。お役に立てれば幸いです。活動電位の説明は,ネットでも他にいくらでもある中で,このサイトに目をつけていただいて本当に感謝します。厳しいご意見も歓迎しますので,これからも応援よろしくお願いします。
看護師向けの不整脈の薬の講義をするため活動電位などの分かりやすい絵を探していたところこのサイトにたどり着きました。
絵も簡素で分かりやすく非常に参考になりました。
あまりの感動に突然ですがコメントを残させていただきました。
KIKKENの表記をすれば使用しても良いと書いてあったたため、プレゼンテーションに是非使わせていただきたいと考えています。
私自身も勉強させていただきます。
ご返事をいただきありがとうございます。神経細胞の本体部分(細胞体と樹状突起)と末端部分(シナプスボタン)では、いわゆる電位依存性カルシウムチャネルも含めて、電位依存性にカルシウムイオンを通すチャネルの働きは重要です。本体部分では少なくともシナプス伝達の可塑性発現に、末端のシナプスボタンでは伝達物質放出(分泌と同じような仕組みです)で必要です。それに対して両者をつないでいる神経線維部分ではほぼ信号を速く伝導させることだけが仕事で、たぶんその部分には電位依存性カルシウムチャネルはほとんどないのではないかと思います。同じ細胞でも部位によってチャネル分布は違っているということも基本的なポイントですね。細胞内カルシウムイオン濃度上昇は、分泌以外にも同時に細胞自身に様々な作用を及ぼす出来事で、ホルモン分泌や伝達物質の分泌は、細胞を特徴づける機能のひとつというところではないでしょうか。
早速の御解説、誠に有難うございます。京都大学の糖尿病・内分泌・栄養内科のサイトも参照いたしました。電位依存性カルシウムチャネルの作動時間が神経細胞では短時間であり、それはほとんど機能していないであろう、というご指摘はとても示唆に富むものです。今後とも、宜しく御指導をお願いいたします。
有難うございます。自分も30年~40年ほど前に勉強した者です。人に教えるようになってから、あらためて勉強しなおしています。当時、入り口でつまづいて頭が拒否反応を起こしていた領域が数々あり、この入り口のつまづきを回避すれば、身体の仕組みをもっと深く、広く理解できる人たちが増えるのではないかと思い、このサイトを立ち上げました。実際の病気に関する事柄はこのサイトの範囲を超えているのですが、せっかくのご質問ですので、自分にわかる基本的なことだけお答えしますと、京都大学の糖尿病・内分泌・栄養内科のサイト http://metab-kyoto-u.jp/to_doctor/outline/01.html(リンク切れ:20170701)にあるように、β細胞では電位依存性カルシウムチャネルが脱分極で開いて細胞内カルシウム濃度上昇し、それがインスリン分泌を促すメカニズムが基本と考えられているようです。脱分極した”すべての”細胞で、電位依存性カルシウムチャネルが開いているかどうかは、自分には、なんとも言えません。カルシウムチャネルを不活性化する何かの作用が働かないとも言えませんから。また、カルシウムチャネルの動作は遅く、瞬間的にもとの静止膜電位に復帰する神経線維の活動電位ではカルシウムチャネルはほとんど働いていないでしょう。シナプスボタンの部分はカルシウムチャネルは重要ですけどね。細胞内カルシウム濃度の上昇で何が起きるかは、細胞の種類によって定まっていて、”ほかの臓器”の細胞では、インスリン分泌以外の別の反応を引き起こすでしょう。ちょっと長かったですが、お答えになっていますか。
約30年前に基礎医学を学んだ者ですが、古い知識をアップデートするために、色んなサイトを見ておりますが、ceoKIKKENさんの基礎医学教育研究会は、読者の理解を深めてあげたいという熱意がとても強く感じられます。私も、ここで勉強させていただきたいと思っております。一つ教えていただきたいのですが、糖尿病治療薬の薬理を学んでおりましたら、糖質摂取→血糖値上昇→糖輸送体でβ細胞内にブドウ糖取り込み→β細胞内ATP上昇→Kチャンネル閉鎖→脱分極→カルシウムチャンネル活性化→細胞内カルシウム濃度上昇→インスリン分泌という流れが説明されておりました。脱分極した細胞では、すべからく、カルシウムチャンネル活性化→細胞内カルシウム濃度上昇が起きており、膵臓のβ細胞では、インスリンを引き起こし、多臓器の細胞では別の反応につながるということでしょうか。