[051] 心臓のポンプ機能2 heartbeat pumping 2 (GB#103A02) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●心臓弁の発明
心臓(heart)の作りは誰が考え出したものかと思うくらい,良くできている。 巧妙な配管も感心するけど,単純な仕組みで血液を送り出す工夫は驚きだ。 人間が手押しポンプを発明するよりずっと以前に,弁(valve)の働きを完全に実用化しているのだから(笑)。
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Contents
●心臓ポンプの基本のつくり
教科書で見る心臓はかなり複雑な構造をしている印象がある。 しかしそれは静脈血(venous blood)が流れるポンプと動脈血(arterial blood)が流れるポンプの別々の二つのポンプを,見かけ上と動きでひとつに合体させているからで,どちらか片方だけでも心臓の働きの基本的な仕組みは説明できる。 単純化すると,心臓の前後の血管も含めた基本的構成は,血液が流れる方向に沿って,
静脈 じょうみゃく vein (血管)
心房 しんぼう atrium (心臓)
心室 しんしつ ventricle (心臓)
動脈 どうみゃく artery (血管)
の順番に並んでいる。
ひとつながりの器官だけど,区域ごとに材質や働きに特徴がある。 自発的に収縮と弛緩を繰り返すのは心臓を作っている心房と心室だ。 心臓は横紋筋(striated muscle tissue)でできているので,素早く力強い収縮と弛緩の繰り返しが得意だ。
一方,血管である静脈と動脈は平滑筋(smooth muscle)でできていて,こちらは素早くは動けないが,持続的な緊張状態を維持するのに適している。
ポンプとして働く中心部分は心室(ventricle)で,その出入り口に,それぞれ片方にしか開かない扉,「弁」がついているのがミソだ。
入口の扉: 房室弁 atrioventricular valve 心房と心室の間の弁
心房から心室の方向にしか開かない
出口の扉: 動脈弁 (?) 心室と動脈の間の弁
心室から動脈の方向にしか開かない
●右と左が独立の名前だから面倒
英語では左右の動脈の弁はそれぞれ固有の名前で呼ばれていて,二つをまとめて言うことはあまりないようだ。
右の房室弁は,三尖弁 さんせんべん tricuspid valve
左の房室弁は,僧帽弁 そうぼうべん mitral valve
右の動脈弁は,肺動脈弁 はいどうみゃくべん pulmonary valve
左の動脈弁は,大動脈弁 だいどうみゃくべん aortic valve
心臓につながる血管もそれぞれ固有の名前が付いている。
右の静脈は,上・下の大静脈 だいじょうみゃく vena cava
左の静脈は,肺静脈 はいじょうみゃく pulmonary veins
右の動脈は,肺動脈 はいどうみゃく pulmonary artery
左の動脈は,大動脈 だいどうみゃく aorta
このように,それぞれ個別に名前が付いていると,部品がそれだけ多く感じて,初心者には混乱の種を作っているように思える。
●右と左は流れる血液が違う
右のポンプと左のポンプは,流れる血液の中味が違う。 右の心臓を流れる静脈血(venous blood)は身体中を回ってきた後,肺で酸素を補充する前の血液だ。 左の心臓を流れる動脈血(arterial blood)は肺で酸素を補充した後,これから身体中に回す新鮮な血液だ。 心臓の中ではお互いには混ざらない別ルートになっている。
動脈血(arterial blood)が流れるポンプは,
肺静脈 ⇒ 左心房 ⇒ 左心室 ⇒ 大動脈
(静脈) (心房) (心室) (動脈)
静脈血(venous blood)が流れるポンプは,
大静脈 ⇒ 右心房 ⇒ 右心室 ⇒ 肺動脈
(静脈) (心房) (心室) (動脈)
つまり,ポンプとしては独立している。 そこでもうひとつ,右と左では血液を送り出すための圧力が大きく違っている。 大動脈に送り出す左心室は最高で 120 mmHg から 130 mmHg くらいにはなるけれど,肺に血液を送るだけの右心室はその5分の1程度の圧力で十分だ。 だけど,二つのポンプは同じタイミングで収縮と弛緩の拍動(pulsation / beat)を繰り返す。 というわけでひとまず,右と左は区別しないで,心臓の基本的な動きを考えよう。
●入口と出口の弁は同時に開かない
心臓の動きそものも循環式なのでどこから始めてもよいけれど,普通,「心周期(cardiac cycle)」を,房室弁が開いて心室に血液を吸いこむところから始めるようだ。
1) 充満期 filling phase
房室弁だけ開いて,心室が心房から血液を吸い込む。
2) 心房収縮期 atrial contraction
心房がすこしだけ血液を心室に押し込む。
3) 等容性収縮期 isovolumetric contraction
すべての心臓弁が閉じて心室内の圧力が高まる。
4) 駆出期 ejection phase
動脈弁だけ開いて,動脈に血液が送られる。
5) 等容性弛緩期 isovolumetric relaxation
すべての心臓弁が閉じるけれど心室内の圧力は下がる。
その後,房室弁だけ開いて,初めの充満期に戻り,後は,同じことが,一分間におよそ70回(1回の拍動の時間はおよそ 900 ミリ秒)。 一日中大人しい状態だと10万回繰り返す。 その間,房室弁と動脈弁が同時に開くことは一度もない。
●心室の収縮と弛緩で弁が開閉する
房室弁が開いて始まる「充満期」では,心室内の圧力は一瞬,ゼロあたりまで下がって,心房から血液を吸い込む形になるらしい。
その後に心房の筋が収縮して,血液を少しだけ心室に押し込む「心房収縮期」が続く。 心電図ではサイクルの先頭であるP波(P wave)が心房収縮の開始に重なるので,これを心周期の始まりとする説明の仕方もある。
心房から心室に血液が流れている間は,ずっと動脈弁は閉じたままだ。 弁の開閉と血液の流れは充満期と心房収縮期で違いはないので,これを特に区別せずにまとめて充満期として済ます場合もある。
心房収縮期の直後に,心電図のQRS波(QRS complex)が起こり,心室が急激に収縮を始めると,圧力が上がるから,とたんに房室弁が閉じる これが「等容性収縮期」の始まりだ。 この時に房室弁同士がぶつかる振動が,第1心音(first heart sound)と呼ばれる心臓の音だ。
房室弁が閉じても,出口の動脈弁はまだ開かないので,心室は密閉状態になる。 動脈側の血圧は大動脈だと 80 mmHg くらい(肺動脈側だと,その5分の1程度)あって,血液を吸いこんだばかりの心室内はまだ圧力が低いからだ。
心室筋が収縮をさらに強めて心室内の圧力が動脈の血圧に打ち勝つまで動脈弁は開かない。 この短い密閉状態の間は,心室筋の収縮が強くなりながら心室の血液は出入りがなくて,容量が変化しない。 時間にするとわずか 30 ミリ秒程度のできごとだ。
動脈弁が開くと,「駆出期」になり,心室内で圧力が高まった血液が動脈に追い出される。
心室筋の収縮はさらに強くなりながら,力の限り血液をパンパンになった動脈に押し込む。 動脈の血圧は,左心室だと 120 mmHg を越えてピークになった後,動脈の血液がその先の血管に押し出されていくのでゆっくりと落ちていく。
その一方で,心室の収縮力の落ち方は動脈の圧力低下よりも速くて,圧力が逆転したところで出口の動脈弁が一気に閉じて駆出期が終わる。 この時,動脈弁同士がぶつかる振動が第2心音(second heart sound)だ。 (右心室は左の5分の1の圧力で全体が進行する。)
動脈弁が閉じたとき房室弁は閉じたままだから,再び心室は密閉状態になる。 今度の密閉状態は心室筋が弛緩していく局面なので,「等容性弛緩期」と呼ばれる。
心室筋の収縮力が急激に低下して,心室の圧力が心房より下がるまで房室弁は開かない。 等容性弛緩期は等容性収縮期に比べるとおよそ2倍程度の時間がかかる。 それでもやはり一瞬の出来事になる。 房室弁が開いたら再び「充満期」に戻る。
●駆出期には心筋に血は流れない
等容性収縮期から駆出期にかけて,心筋は強く収縮する。 心筋の中に走っている血管は心筋の収縮によってつぶされてしまうので,その間,血液は追い出された形になって心筋の中には流れない。 その代り,等容性弛緩期から次の等容性収縮期の手前まで心筋が緩んでいるスキに動脈の血圧によってさっと流しこまれる仕組みだ。 心筋が弛緩している間に流れ込む血液はつぶれた血管を膨らませる。
この現象は,空気が抜けてしなびた空気人形に,再び空気を注入するとシャキッと立ち直るように,しなびた心室が袋の形を取り戻し,心房から血液を吸い込む過程に一役買っているのではないかとも思うけれど,どうかな。
●一回の心拍で流れる血液
等容性収縮期の直前に心室内の血液量は最大になり,安静にしている時でおよそ 120 ml 程度が溜まる。 それが駆出期を経て等容性弛緩期の直前に最少になるけれど空にはならず,およそ 50 ml 程度が心室に残る。 その差の約 70 ml が一回の心拍で拍出される血液量だ。
ただし心臓を流れる血液量は一回ごとに微妙に変動しているというし,身体の動かし方によっても大きく変わってくる。 運動するときには,心拍数も上昇するけど,一回当たりの拍出量も増加する。
普通に考えると,拍出量が多いときは心室に残る血液量はその分が減って,少なく拍出するときは残る血液量が増えるようなイメージがあるかもしれない。 ところが,拍出量が増えても減っても,その都度心室に残る血液量は基本的に変わらない。
だいたい,血液を多く吐き出そうとして残量を減らしたら,次の充満期で普通に血液が流入しても元の容量には戻らない。 逆に残量を多くして拍出量を減らした後,普通に血液が流入してきたら心室はその分,よけいに脹れる。 そこで同じように拍出量を減らしたらさらに心室は脹れてしまう。
心臓にはもともとそのような不都合が起こらないような自動的な仕組みが備わっている。 心筋は長く引き伸ばされたら,それだけ強く基に戻ろうとする。
心臓のスターリングの法則(Starling’s law of the heart)と呼ばれる性質だ。 そのために,心臓は血液を多く吸い込んだら自動的に多く吐き出す性質がある。 多く吸い込んだら多く出し,少なく吸い込んだら少なく出す。 だから心室に残る量は基本的に変わらない。
一回拍出量が最大に増加した時,安静時の2倍程度にはなる。 拍出量は2倍になっても,もともと 50 ml は残っていたので,50 + 70 × 2 = 190 ml になり,心室のふくらみとしては最大で6割増しといったところだ。
●右も左も流れる血液量は同じ
心臓を出た血液は,動脈を通って目的地を回って静脈を取って戻ってくる。 左心室から出た血液は動脈血で,体中を回る体循環(systemic circulation)を経て,静脈血になって右心房に戻ってくる。 静脈血は右心室から出て肺に送られる肺循環(pulmonary circulation)で動脈血になって左心房に戻ってくる。
肺循環の血液量は体循環の血液量よりずっと少ないし,肺循環の圧力も体循環の5分の1程度しかないので,拍出量にも違いがあるかと思うかもしれないけれど,一回毎に流れる血液量は,右の心臓も左の心臓もまったく同じだ。 拍出量は右と左と同じでなければ,循環が壊れてしまうだろう。
血液を送り出すための圧力は,右と左で大きな差があるので,弁の開け閉めのタイミングは,正確に言うと実は右と左で微妙にずれているらしい。 だけど,専門家でなければ気にすることはない。
●心筋は動いていても心臓は止まる
心臓が止まる,という。 死んでしまったらもちろん心臓は止まっている。
だけど,突然”心臓が止まった”としても,まだ心臓そのものが死んでしまったとは限らない。 ポンプとして働くためには,少なくとも心室が血液を吸い込んで吐き出す,それだけの動きと血液が流れるための時間が必要だ。
心室の筋が,これまで説明してきたように一斉に大きく収縮と弛緩を繰り返さないといけない。 心室細動(しんしつさいどう,ventricular fibrillation)のように,小刻みに痙攣状態で収縮しても残念なことに,弁は開かず無駄な活動にしかならない。
心臓が動いていても,ポンプとしての働きができなくなっていたら,心臓が止まっているのと同じというわけだ。
いろんな施設に置いてあるAED(Automated External Defibrillator),つまり自動体外式除細動器をいち早く使うことで,助けることができるのは,このような”動いている心停止”なのだ。
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◆[033] 平滑筋の収縮 smooth muscle contraction
◆[009] 筋収縮の伸縮幅 the range of muscular contraction
◆[035] 骨格筋収縮の張力 tension of the skeletal muscle contraction
○参考文献
・カラー版 ボロン ブールペープ 「生理学」, 西村書店
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20160720,rev.20161022, rev.20181224, rev.20190503.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)