[032] グリコーゲンの合成 glycogen synthesis (GB#101D02) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●同じものでもつなげると別物になる
グリコーゲン(glycogen)は細胞の中にブドウ糖(グルコース,glucose)を大量に貯め込むための特別のかたちだ。 何千,何万のブドウ糖が房状に繋がった巨大分子になっている。 体の中でも肝臓や骨格筋の細胞は,特に大量のブドウ糖の貯蔵が必要だ。 細胞の中では大きさよりも分子の”数”が問題らしい。 使うときはバラバラのブドウ糖が必要だけど,同じ分子をばらで大量に抱えると差し障りがある。 それが継げるだけで”数”が数万分の1になって文句が出ない。 ブドウ糖1万個と1万個分のグリコーゲン1個では別物なのだ。 なんだか騙されているみたいだけどよくできている。
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Contents
●作る作業はチマチマしている
何万個もブドウ糖がつながっているのに,グリコーゲンを合成する作業はとても細かい。 ひとつ,またひとつとブドウ糖を地道に継げていくしかない。 タンパク質を作るときは一つ一つのアミノ酸の順番が大事だから,ひとつひとつ継げていく仕組みの精密さには驚嘆する。 片や,グリコーゲンはどうせ同じブドウ糖だけの重合体(polymer)だから,一気にがさっと合体させればよいのに,と思うけれどそういうことはできない。 必要に応じて,ブドウ糖を継いだり,切り離したり調節をするので,ひとつひとつ継げるほうが都合がよいのかもしれない。 グリコーゲンには常にブドウ糖を付け離しする端っこがある。 しかもそれが同時に無数にあるという構造になっている。
●継げるのにエネルギーがいる
ただ水の中にブドウ糖を混ぜても,グリコーゲンはできない。 グリコーゲンにブドウ糖を継げるとき,ショ糖を作るときと同じように,アミノ酸からタンパクを作るときと同じように,一口で言うと”脱水縮合”で継げる。 だからそれなりのエネルギーが必要だ。 細胞反応のエネルギー源と言えばATP(アデノシン三リン酸)というヌクレオチドが主流だ。 だけど,グリコーゲンの合成で直接働くのはUTP(うりじん3りんさん,uridine triphosphate)という別のヌクレオチドだ。 別のと言ってもアデノシンのところがウリジンという塩基に替わっているだけで,リン酸が3つ繋がっていて,そこが高エネルギー源として働くことは同じだ。
●継がる向きは決まっている
グリコーゲンの基本形はブドウ糖の(規則に沿った位置番号で)1番と,隣りのブドウ糖の4番の炭素原子が,脱水縮合の結果,酸素原子で連結されたグルコシド結合(glycosidic bond)の繰り返しだ。 鎖を横に置くと,右に延しても左に延しても同じことのように見えるけれど,細胞の仕事の常として,働く酵素は頑固なので,延す向きは鎖の端の4番に新しいブドウ糖の1番を連結する一つしかない。 (途中で何度も枝分かれをするけれど,これは別の酵素が特別の方法で行う。)
●連結する前に必要なこと
細胞の外を流れているブドウ糖は細胞膜にある運び屋タンパク(glucose transporter)に捕まえられて細胞の中に取り込まれる。 細胞の中に入ると直ちにグルコキナーゼ(glucokinase)という酵素によって,6番の炭素にリン酸が連結されてグルコース6リン酸(G6P)にされてしまう。 運び屋タンパクはブドウ糖専用の回転ドアみたいなもので,裸のブドウ糖にとっては入り口でもあると同時に出口にもなる。 つまり,放っておくとせっかく取り込んだブドウ糖が外に逃げてしまう。 一方,細胞膜にはG6Pが通れる回転ドアはない。 ということで,リン酸をくっつけるのは,ATPを一個使ってしまうけれど,取り込んだブドウ糖が回転ドアを通れなくなくするための大事な手続きなのだ。 しかし,G6Pはそのままだと今度は解糖系につかまって解体されてエネルギーを抜かれてしまう。 グリコーゲンに連結するときには,このリン酸をすかさず1番に付け直してグルコース1リン酸(G1P)に変える。 この反応はグルコースホスホムターゼ(glucose phosphomutase)という酵素が進めるけれど,リン酸基を付け替えるだけなので差し引きのエネルギー消費はないという。 ここからグリコーゲンへの連結作業が始まる。
●一粒で二度おいしいUTP
グリコーゲンの合成にはUTPという高エネルギー物質が働く。 ただし,それで直接一発で,ブドウ糖をグリコーゲンに連結するというわけではなくて,ちょっと込み入った仕掛けになっている。
まず,ウリジン三リン酸は酵素によって二リン酸(ピロリン酸)を切り離されて,いったんウリジン1リン酸(UMP)のカタチになったものがG1Pのリン酸基に連結される。 切り離されたピロリン酸がすぐに加水分解してエネルギーを提供することで,この反応を後押しするそうだ。 結果的にブドウ糖にウリジン二リン酸(UDP)がくっついたカタチが出来上がり,これをUDPグルコース(UDP-glucose)と呼ぶ。
UDPグルコースになると,ようやく連結だ。 新たなグリコーゲンシンターゼ(glycogen synthase)という酵素に捕まって,作ったばかりのUDPの部分がむしりとられて,裸になったブドウ糖がもともとあるグリコーゲンの端っこに一気に連結される。 ちぎれたピロリン酸もエネルギーを抜かれるから,ウリジン三リン酸(UTP)はとことんエネルギーを吸い取られた感じにみえる。 だけど収支でみると,ブドウ糖一個を連結するのに,UTPがリン酸一個を失ってUDPができる形でしかない。
●枝分かれで効率を上げる
グリコーゲンは一本鎖でなくて,実際は8個から12個くらいのブドウ糖がつながったところで二つに枝分かれしていて,それが何度も何度もくりかえされている。 枝分かれの仕組みは,単純にブドウ糖を連結するのとは違って,ここで説明すると長くなるので,別の機会にする。 しかし,枝分かれをしていることで,一本の鎖だとちまちました作業でも,無数の枝の端っこで各々同時進行で数多くのブドウ糖をグリコーゲンに連結できるという利点がある。 これは必要に応じてブドウ糖を切り出すときも同様だ。 グリコーゲンの合成の仕方と,分解の仕方はまったく異なっているけれど,分解するときもひとつひとつブドウ糖を切り出さなくてはならない。 そのときも枝がいくつもあれば一斉にそれぞれの枝の端っこから,大量のブドウ糖を切り出すことができる。
●グリコーゲンの始まりはブドウ糖じゃない
グリコーゲンは実は純粋なブドウ糖のかたまりとも言えないところがある。 グリコーゲンを新しく作るとき,最初はブドウ糖にブドウ糖を連結するのだろうか。 そうするとできるのは麦芽糖(マルトース,maltose)という二糖になる。 それにブドウ糖をひとつ連結出来たら,マルトリオースという三糖ができるけれど,このような裸のオリゴ糖をグリコーゲンの種にはできない仕組みだ。 グリコーゲンの始まりは糖ではなくて,グリコゲニン(glycogenin)というおかしな名前の特別のタンパク質なのだ。 グリコゲニンはブドウ糖が連結する部分を2つ,お互いに反対向きになるように持っている酵素で,グリコーゲンのプライマー(primer)として働き,自分自身に最初のUDPグルコースと,続く3個から4個のUDPグルコースを連結する。 グリコゲニンはグリコーゲンが成長しても,ずっと根本に付いたままになっているので,グリコーゲンはブドウ糖のただの重合体とはちょっと違うのだ。
メモ:
・グリコーゲンのグルコシド結合の加水分解の ΔG は -15.5 kJ/mol (-3.7 kcal/mol)
・ピロリン酸の加水分解の ΔG は -33.5 kJ/mol (-8.0 kcal/mol)
・グリコゲニンについてもっと知りたい (wikipedia)
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○参考にしたサイト
・Biochemistry of Metabolism,Instructional materials for a studio-format course(Rensselaer Polytechnic Institute (RPI)) (www.rpi.edu/dept/) ← リンク切れ(2017-07-25)
・Glycogen/Biochemistry 200/Stanford University School of Medicine
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◆[046] 消化と代謝 digestion and metabolism
○参考文献
・トコトンわかる図解 基礎生化学,池田和正,オーム社
・プロッパー細胞生物学: 細胞の基本原理を学ぶ,化学同人
・Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版,南江堂
・細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
・肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
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