[025] 血管運動 vasomotor (GB#103B02)

[025] 血管運動 vasomotor (GB#103B02) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab

vasomotor
●運動する血管

脳には血管運動中枢(vasomotor center)とよばれる神経のかたまりがあるという。 「血管が運動する」と聞いて違和感があった。 血管がくねくね動くのかと思ったら,実はそうではなくて,血管が細くなったり太くなったりすることを血管運動(vasomotor)と呼んでいるのだ。

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●全身の血管が流れやすいと全身に血がまわらない

液体は管は細いと流れにくくて,太いほうが流れやすい。 たしかに太いほうが流れやすい。 だけど,全身の血管が広がって同じように流れやすくなると,血液は全身には行き渡らない。 もともと血液は体中の隅々まで均等に流れているわけではない。 大事なところにはたっぷり流す一方でそれほどでもないところには最低限の血液を流すように,偏りがある。 それで余分な血液は節約して身体を軽くしているのだ。 ただ大事なところというのは体の使い方によってどんどん変化する。 あるときは内臓,あるときは筋肉,あるときは上半身,あるときは下半身というように。 だからその時々に応じて,血液を多く流す血管と少なく流す血管を太さを変えて調節している。 これが血管運動の役割だ。

血液の量は全身でおよそ5リットルといわれる。 この量がおよそ1分間で全身をめぐる。 ごくおおざっぱにいうと,安静にしているときにはそのうち1リットルが筋に,残り4リットルがそのほかの部分に流れているらしい。 それが全身を使った最大の筋肉運動中には筋だけに4リットル流れるという。 ということはもし全身の血管が同時に流れやすかったら,筋の4リットル+筋以外の4リットル=8リットルの血液が必要になって,3kgも重くなってしまう(?)。

●血管運動は血流を切り替えるスイッチ

血管の壁は,毛細血管を除いて,輪状に走る血管平滑筋(vascular smooth muscle cells)が取り巻いている。 筋が収縮すると血管の径(けい)が小さくなって通り道が細くなる。 特に毛細血管の手前に位置する細動脈(さいどうみゃく,arteriole)と言われる部分はもともとそれまでの動脈部分よりも一段と細くなっている。 ここの径がさらに細くなると,下流の毛細血管に流れる量が大幅に制限される。 逆に細動脈が緩むと下流の毛細血管に多くの血液が流れる。 このようにして各末梢の血管にある細動脈がスイッチのような働きをして,ある臓器や器官に大量の血液供給が必要になったときには別の部分の血液を制限して必要とする部分に血液を回す。

この血液の配分を自律神経系(じりつしんけいけい,the autonomic nervous system)を使って全身的に調節するセンターが,脳の延髄(えんずい,the medulla oblongata)にある血管運動中枢(けっかんうんどうちゅうすう,vasomotor center)なのだ。 細動脈は血管の中では血液の流れを制限する最大の抵抗となるので抵抗血管(ていこうけっかん,resistance vessels)の役割をしているという。

●血管の筋肉は反応が異なる二種類がある

血管の平滑筋細胞同士はあまり仲は良くない。 ある筋の興奮がそのまま隣の筋に移って行くという消化管の平滑筋のようなことはないらしい。 それぞれの平滑筋細胞は個別に反応することになる。 自律神経系というのは交感神経と副交感神経の2系統があるけど,末梢の血管平滑筋に伸びてきているのは交感神経(こうかんしんけい,sympathetic nerve)だけだ。
交感神経線維の末端からはノルアドレナリン(noradrenaline,NA)という神経伝達物質(しんけいでんたつぶっしつ,neurotransmitter)が出ている。 皮膚とか内臓とかの一般的な血管の平滑筋細胞は α 受容体(あるふぁじゅようたい,正式にはカテコールアミン α 受容体)を持っていて,この筋はNAに反応すると収縮する。 一方,骨格筋線維の間を走っている血管には α とは別の,β 受容体(べーたじゅようたい,正式にはカテコールアミンβ受容体)をもった平滑筋細胞が壁を取り巻いていて,これはNAに反応すると逆に弛緩する。

単純にまとめると,交感神経が活発になると筋の血管は開き,その他の部分の血管は縮んで,筋肉により多くの血液が回るようになるということだ。 交感神経が活発になるのはたとえば,身体を動かす運動をやっているときにあたるので,これは理にかなっている。
※カテコールアミン(catecholamine)というのは,ノルアドレナリンを含むよく似た物質をひっくるめて扱うときのグループの名前だ。 体の中ではノルアドレナリン,アドレナリン,ドーパミンがこれに属する。 α受容体,β受容体はノルアドレナリンのほか,反応する強度が違うけれどアドレナリンとドーパミンにも反応する。

●血圧を調節する細動脈

管の中の液体は圧力が高いほうから低いほうへ流れる。 血液が流れる原動力は心臓のポンプの力だ。 心臓の左心室(さしんしつ)から,全身をめぐる血管の入り口である大動脈に強い圧力で血液を押し込んでいる。 いわゆる血圧(blood pressure)だ。 立った姿勢が多い人類では、手足からの血液を戻すのに心臓の力だけでは足りなくて、静脈血管には弁があって、ある程度よそからの補助的な力も借りている。とはいえ,血圧は心臓から押し出したばかりの動脈で一番高くて,全身をめぐった血液が静脈を流れて再び心臓に戻ってきたときの血圧が一番低くいはずだ。 普通,「血圧」と呼んでいるのは手足の動脈の血圧を身体の外から測ったものだ。 この血圧はまだ心臓の値に近いので,心臓にかかる負担を見積もることができる。

細動脈が収縮して血流を制限すると,下流の血圧は低くなる。 上流で流れを制限された血液が別のルートでそのまま流れていけば上流の血圧は変わらない。 だけど,別のルートを流すためにもっと血圧が必要ならば,その血圧まで上昇してやっと流れていく。 骨格筋は収縮するときには血管もつぶれるため,普通,運動する骨格筋に血液を多く流そうとすると,肝臓などの臓器に流すよりも強い血圧が必要になる。 運動中は心臓の拍動も激しくなって,出発点の血圧も上昇する。 同時に,あちこちの細動脈もその血圧上昇に負けないように頑張って血液の流れをコントロールしているのだ。 教科書では細動脈は「血圧を調節する血管-抵抗血管」として出てくるけれど,血圧は目的ではなくて,血液を効率的に流すための手段であることは忘れてはいけない。 血圧が必要以上に高すぎることは血液を流したり分配したりする仕組みのどこかがおかしくなっていることを示すので注意しないといけないのは言うまでも無い。

●血管平滑筋は神経以外でも反応する

血管の平滑筋は,バゾプレッシン(vasopressin)というホルモンの働きでも収縮する。 これは体の塩分濃度が上がりすぎたときに,脳下垂体後葉(のうかすいたいこうよう,posterior pituitary)という脳の底面にあるホルモン分泌器官から放出されるものだ。 この場合,塩分というのは具体的にはナトリウムイオン(Na2+が問題だけど,塩分濃度が高すぎるというのは見方を替えると水分が少ないことを意味し,水分量が少ないときは生理的には連動して血液量も少ない。 こんなときは血管を縮めて少ない血液を有効に使おうというしくみで,バソプレッシンは動脈ばかりでなく静脈血管も収縮させる。 これは実際に水分は足りていても塩分濃度だけで反応するので,塩分を摂りすぎると血圧が上がりすぎて危ないよ,というのはそういうわけだ。 バソプレッシンはもともと尿量を減らして体液水分量を維持する働きに注目して発見されたので”抗利尿ホルモン(こうりにょうほるもん)”とも呼ばれる。 バソプレッシンを略号で ADH と書くのはこの名前(antidiuretic hormone)から来ている。  バソプレッシンは血管(vaso)の圧力(press),つまり血圧を上げるホルモンという意味だ。

また,血液量が実際に少なかったり血圧が低すぎたりするときに血液中で活性化するアンジオテンシン(angiotensin)という生理活性物質も同様に全身の血管を収縮させて,少ない血液量に対抗する。 アンジオ(angio)というのは血管,テンシン(tensin)というのはテンションで,合わせて血管収縮物質という意味を示している。
一方,組織の生理的活性が高まっている場所では,二酸化炭素( CO2 )が増加し,pH が減少(水素イオン H 濃度が上昇)するけど,これらはその場の血管平滑筋を弛緩させて,血管を拡張する働きがある。 代謝が活発な組織の血管内皮細胞で発生する一酸化窒素(NO)も強力な平滑筋弛緩物質として働く。 いずれも現場の注文に応じて血液供給をアップさせる仕組みになっていて,これら教科書では”局所代謝産物による調節”とか呼ばれている。
組織に炎症が起きたときにもブラジキニン(bradykinin)とかプロスタグランジン(prostaglandin)など,血管平滑筋を緩めて血管を拡張させる物質が発生する。 炎症組織には大量に血液を回して治癒(ちゆ)を早めようという仕組みだろう。 ただしこれらは同時に炎症組織に強い痛みを発生させる物質でもある。

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○参考文献

ぐるぐる回す循環器 文光堂 (2013/11)
臓単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (内臓編))
カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社

rev.20170211,rev.20170505, rev.20190623, rev.20220803.

◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)

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