[035] 骨格筋収縮の張力 tension of the skeletal muscle contraction (GGB#115D01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●筋は縮む力しか出せない
ジャンプ力とか考えたら,バネのような筋肉というけれど,筋肉にはクッションの押しバネみたいにものを押し返す力(反発力)はない。 筋の力はその仕組みから言って,縮もうとする力しか出せない。 言い換えると,ものを引っ張る力とも言える。 だから筋の力のことを「張力(ちょうりょく,tension)」という言葉で表現することが普通だ。 伸びるときはよそから引っ張ってもらうことになる。
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●縮まない筋収縮もある
筋が張力を発生する活動のことを筋収縮(muscle contraction)という。 日本語でも英語でも普通「収縮」というと「縮むこと」と一体だ。 実際のところ,筋は力を出しても縮まないことはいくらでもあるけれど,縮まなくても,筋が力を出すことをすべて”筋収縮”と呼ぶ。 場合によっては筋の長さが伸ばされても!”収縮”になる。 シロートを戸惑わせる困った業界用語のひとつだ。 実際に縮んで短くなる状態を指す必要があるときは「短縮(muscle shortening)」という言い方があるものの,使い方はそれほどきちんと定まっているわけでもない。 単に”筋の短縮”と言うと,病的な萎縮によって長さが短くなることも意味していて,これはこれで紛らわしい。
だから,長さが固定されたままで変化しない筋収縮を特別に等尺性収縮(とうしゃくせいしゅうしゅく,isometric contraction )と呼ぶ。 「尺(=長さ)」が”等しい”ということは長さが変わらないことを意味している。 筋が収縮しても縮まないのは,張力が足りないからだ。 張力を発生してもそれが負荷(ふか,load)を超えなければ短縮できない。 負荷とは,わかりやすく言うと,例えば置いてある錘(おもり)を引き上げようとするときの錘の重さになる。 例えば最大で 2 kg の力しか出ない筋で 3 kg の負荷を持ち上げようとしても動かない。 実際の筋では,負荷が動かなくても,筋と負荷を継いでいる腱(けん,tendon)がわずかながら引き延ばされるので,筋自体はその分,わずかに短縮する。 だから厳密には”等尺性”ではなくなる。 だけど,教科書レベルでの理解の上ではこのくらいは無視して構わないだろう。(等尺性収縮は,心筋では等容性収縮として現れる。)
もし筋収縮している間に,筋の張力を超える負荷で無理に引っ張られると,”収縮しているのに”筋の長さは引き伸ばされることになる。 こちらは「遠心性収縮(えんしんせいしゅうしゅく,eccentric contraction)」,あるいは「伸長性収縮(しんちょうせいしゅうしゅく,lengthening contraction)」(!?)とかいう。
●筋の張力は数でかせぐ
上腕二頭筋(じょうわんにとうきん)とか腓腹筋(ひふくきん)など,骨格筋のかたまりは,実は 1 本 1 本ばらばらのヒモ状の筋線維(きんせんい,myofiber =筋細胞)の集合体(束)でできていて,それぞれの筋線維が独立して収縮する。 隣の筋線維が収縮しても,自分はかまわず休息中というのはごくありふれたことだ。 兵隊にするために若者を集めてくることを動員(どういん,recruitment)という言い方をする。 ここでも同じ表現を使って,動員された筋線維の数に応じて筋全体の張力が決まるという言い方をする。 動員された筋線維は”戦力”というイメージだろうか。 おおざっぱに言うと 1 本の筋線維より 2 本同時に動員されると 2 倍の張力を出すことができる。 3 本同時だと 3 倍だ。
筋が短縮するときは,負荷が同じなら,筋全体の張力が強いほうが縮む速度は速い。
●筋線維が縮むときは余裕がある?
動員された筋線維が縮まないときは,筋全体で発生した張力より負荷の方が大きい(重い)ときだ。 そのとき,筋線維はとにかくその状態で自分の出し切る最大限まで張力を発生する。 筋線維が発生する張力の起源は「筋原線維(きんげんせんい,myofibril)」のフィラメントで発生する張力だ。 そしてその大きさはフィラメントの重なり具合で変わる。 筋線維が伸びている状態ではフィラメントの重なり具合は小さいから,ちょっと分が悪いけれど,それでもその状態で最大限まで頑張る。 それでも負荷が動かなければ,これが等尺性収縮だ。
もし動員された筋線維が縮むとすれば,最大張力に達する前に,筋全体の張力が負荷を超えたことを意味する。 筋線維は,いったん短縮を始めたら,張力はそれ以上には上がらない性質があるという。 収縮のエネルギーがフィラメントを移動させるほうに振り分けられると考えるとシロート的にはわかったような気になりやすいけれど,ホントのところはそれほど簡単ではないという。 いずれにせよ,筋が短縮するときは,まだ最大限の張力を出し切っていないのだ。 だから筋の最大張力を知りたいときには,等尺性収縮で測定する。
●筋の太さは動員できる筋原線維の数を反映している
筋を構成する筋線維は用途に応じて,太いものもあれば細いものもあって,ヒトの筋ではそれらが入り混じって大きな束を作っている。 筋線維が太くても細くても結局,張力を作り出すのはその細胞の中にある”筋原線維”だ。 太い筋線維は大量の筋原線維が詰まっていて,細い筋線維では筋原線維はそれより少ない。 だから筋全体の張力を見積もるとき,”筋線維”が何本あるかというより,筋の中に”筋原線維”が何本含まれているかという考え方をしたほうが単純だ。
太い筋は全体で数多くの筋原線維を含み,細い筋は筋原線維の数が少ない。 その結果,筋原線維の数は筋の太さに比例することが予想される。 実際には筋原線維の本数など数えたりしないけれど,その代わり,筋の”断面積(cross-sectional area)”と最大張力の関係を調べてみると,いろいろ条件は付くものの,ほぼ比例することが確かめられている。
●持ってる力は全部は出せない
単位断面積あたりの張力は,できるだけ筋線維以外の余計なものを取り去ったカエルの半腱様筋(はんけんようきん,semitendinosus muscle)標本で行った精密な実験での実測値で,2.5 ~ 3.5 kg/cm2 というデータがある (現在の正確な表記では,3.5 kgf/cm2だろう。) 現在使われる力の単位はN(ニュートン)なので,それで表すと,1kgf = 9.8 N なので,数値としては N にするとだいたい十倍になる。 だいたい 25 ~ 35 N/cm2 ということになる。 ネズミ(マウスやラット)でもだいたい同じくらいだ。
ヒトでは取り出して測定することはできないから,生きているヒトの皮膚の上から電気刺激でヒラメ筋(soleus muscle)に最大限の収縮を起こさせたときの値では 150 kN/m2(= 15 N/cm2)くらいだという。 実際の筋は筋原線維以外に結合組織やら血管やら力を出さない要素がいろいろ混じっているから妥当な値だろう。
ところが,生きているヒトに目いっぱい力を出してもらって随意運動の最大張力を測定すると,これがせいぜい 10 N/cm2 くらいが限界で,普通のヒトは 4 ~ 6 N/cm2 あたりだそうだ。 つまり筋の造りからすると 15 N/cm2 出せる能力があるはずなのに普通のヒトはその半分以下しか引き出せていないという様子が見て取れる。
これは測定したヒトの根性が足らない,ということではなくて,不用意に大きな力を出して自分の身体を壊さないための生理学的な仕組みによると考えられている。 この仕組みは中枢神経の連絡で作られていて,時として解除されることもある。 訓練されたスポーツ選手はこの限界をほんの少し意識的に解除することができるようになっているのだろう。
●筋の能力はひととおりではない
筋の力は断面積に比例すると言ったけれど,この”断面積”は単に筋を一番太いところで切った断面積(解剖学的断面積)じゃなくて,筋の中の筋線維の走向に垂直な面を足し合わせた仮想的な面積,生理学的断面積(physiological cross-sectional area:PCSA)(要するに筋原線維の本数に比例する値)が重要だ。 実際の筋では,筋全体の収縮の方向と中の線維走向の角度がずれているものが多い。 これは生理的断面積を増やして,全体の張力をかせぐテクニックだ。
また,筋の最大張力は等尺性収縮で発生するといったけど,その中でも筋線維の伸び縮みの大体中間くらいの位置で発生する張力が一番強い。 筋の実際の運動では伸縮でいろいろな長さを取るので,張力はそれにつれて常に変化する。 さらに筋の出す物理学的なパワーは張力と運動速度の掛け算だ。 そうすると,筋力の最大のパワーは最大張力のおよそ3分の一の負荷で短縮したときに発生することになる。 等尺性収縮では最大張力は発生するけど,負荷は動かないので物理学的に言うと「仕事」はしていないから,パワーはゼロだ(?!)。 このように骨格筋のパフォーマンスは状況によっておおきく変わる。 それが筋のすごいところだけど,長くなるので詳しいことはまた別の機会に譲ろう。
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○参考にしたサイト
↓カエルの筋線維での古典的実験
⇒・The variation in isometric tension with sarcomere length in vertebrate muscle fibres. Gordon A. M., Huxley A. F., Julian F. J. (1966)
⇒・The sarcomere length-tension relation in skeletal muscle. Ter Keurs H. E. D. J., Iwazumi T., Pollack G. H.(1978)【pdf】
↓ヒトの骨格筋の張力を(かなり注意深く)測定した実験
⇒・In vivo specific tension of human skeletal muscle, Constantinos N. Maganaris, et al., J Apl Physiol. (2001).
↓人の骨格筋の張力を測定した古い実験
⇒・等尺性最大筋力に及ぼす筋断面積および筋線維組成の影響(1986)
↓最近の実験
⇒・マスターズ・ウエイトリフティング選手の骨密度,筋力,筋断面積から見た高強度レジスタンストレーニングの影響, 岡田 純一他(2013)
↓マウスの筋標本での実験がどういうものか知りたい人はどうぞ。(バイオサイエンスの実験手技を集めたサイト)
⇒・Myo-mechanical Analysis of Isolated Skeletal Muscle (video)
⇒・Isometric and Eccentric Force Generation Assessment of Skeletal Muscles Isolated from Murine Models of Muscular Dystrophies(video)
↓筋収縮研究の大革命,スキンドファイバーを生み出した名取禮二(なとりれいじ)先生の業績と人柄について
⇒・追悼 スキンドファイバーと名取の階段,馬詰良樹(2007)
○関連する記事
◆[019] アデノシン3リン酸(ATP) adenosine triphosphate
◆[009] 筋収縮の伸縮幅 the range of muscular contraction
◆[026] ミオシンとアクチンの相互作用 interaction of myosin and actin
◆[001] 心臓のポンプ機能 heartbeat pumping
◆[041] 心筋線維 myocardial fiber
◆[033] 平滑筋の収縮 smooth muscle contraction
◆[049] 随意運動の神経回路 A neural circuit of voluntary movement
◆[044] 伸張反射 stretch reflex
○参考文献
・肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20140429,rev.20160403,rev.20170505, rev.20180423, rev.20191021, rev.20210301.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)
コメント
勉強している人にとっては特に新しいところはないと思いますが、お役に立てれば本当に有難いです。これからもよろしくお願いします。
教科書よりも(いい意味で)ざっくりした説明なので、今までの知識をイメージの中で統合できたように感じます。
助かりました!