[029] ヘモグロビンの酸素解離曲線 oxyhemoglobin dissociation curve (GB#104D03)

[029] ヘモグロビンの酸素解離曲線 oxyhemoglobin dissociation curve (GB#104D03) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab

oxyhemoglobin dissociation curve
●酸素を手放すのも仕事

ヘモグロビンは酸素 O2 と結合する分子としてよく知られているけれど,酸素を必要な場所に運んで受け渡すのが仕事なので,そこに来たら素直に酸素を手放す能力も必要になる。 

ヘモグロビンが酸素を捕まえるのか手放すのかを決める最大の要因は,当たり前なことに,ヘモグロビンを取りまく酸素の濃さだ。 まわりの酸素濃度が高いときには酸素を取り込んで,酸素濃度が低いときには手放す。 これも当たり前の話のようだけど,ヘモグロビンには一歩進んだ巧妙なしかけがある。 それをよく表すのが酸素解離曲線(oxygen dissociation curve)と呼ばれるグラフだ。

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●まわりの酸素の濃さに応じて,ついたり離れたり

oxyhemoglobin dissociation curve解離(かいり,dissocation)というのは,くっついていた物が離れることを表す。 ヘモグロビンにくっついていた酸素 O2 が離れる様子を,量の変化で表したものが解離曲線だ。 

酸素解離曲線は普通,グラフの縦軸にその環境でのヘモグロビン全体量のうち,酸素を結合しているヘモグロビン(酸素化ヘモグロビン,oxyhemoglobin)の割合(パーセント),一言で言うと”結合率”,あるいは”酸素飽和度”を取って,一方,横軸にはその環境での酸素の濃さを取る。 ただし実際のグラフの横軸は酸素濃度の数値(mg/? とか...)ではなくて,実験では直接にコントロールしやすい酸素分圧(英語ではoxygen tensionという語を使うようだ)の数値 ○○ mmHg (みりめーとるえいちじー)で表すのが一般的だ。 分圧を mmHg という単位で表すのは今ではもう古いのだそうだけど,日本の医療業界ではいまだに普通に使われているから,しばらくは大丈夫だろう.新しい表示では Torr という単位を使う。数値は同じだ。表示は徐々に入れ替わってきている。

●解離曲線はS字カーブを描くけど

ヘモグロビンのような,結合する母体の量が一定のとき,それに結合する物質の濃度の変化に応じて敏感に結合率が変化するのは一定の範囲に限られていて,濃度がそれを超えると結合率の変化は鈍くなる。 これはとくにヘモグロビンに限ったことではなくて,酵素反応のような生化学的な結合反応では普通に現れる単純な性質ではある。 早い話,ヘモグロビンが全部,酸素分子を結合してしまえば 100 % ,つまり飽和状態で,それ以上に結合量は増える道理がない。 一方,酸素分圧がゼロに近いところでは,ヘモグロビンはあっさりと酸素分子を離してしまう。 死んでも離さないという意固地なところがない。 解離曲線は S 字を描くとはよく言われるけど,曲線のかたちの理由よりも,まずはそのような機能的に意味で理解する方がよいのではないか。 

巧妙なのは,飽和する範囲と敏感に変化する範囲に渡って,ヘモグロビンの反応の範囲をうまく使ったガス交換の方式だろう。(酸素分圧の変化に対して結合率が変化する度合いが大きくなるようにヘモグロビン分子は工夫されている。

●肺胞でヘモグロビンは満腹になる

oxyhemoglobin dissociation curve大事なポイントは,酸素の結合率は末梢組織(まっしょうそしき)では酸素環境に応じて敏感に変化する一方で,肺の中ではほぼ 100 % で安定しているということだ。 

だいたい 80 mmHg より酸素分圧が高くなるとヘモグロビンの結合率は95%を超えるけれど,肺の中の毛細血管がガス交換をする場所,肺胞(はいほう)の中の酸素分圧はそれを十分に超える 100 mmHg くらいで一定しているからだ。 そのためたとえ 100 mmHg なくても 90 mmHg でも 95 mmHg でもこのくらい変動しようが,この範囲なら結合率はどこでもほぼ 100 % で困らない。

あれ? 吸い込んだ空気は,酸素はもっと多いのじゃないの?と気になった人のためにもう少し説明すると,大気中の酸素分圧は 150 から 160 mmHg はあるけれど,空気が肺胞に取り込まれたとたんに酸素は血液のヘモグロビンに吸い取られて減ってしまうのだ。入れ替わりに,体中から集めてきた二酸化炭素 CO2 が血液から解き放たれて 40 mmHg にもなるし,水蒸気も飽和状態で充満するので,逆に酸素が血液に押し出されるような感じで,肺胞の中の酸素分圧は 100 mmHg に落ち着いているというわけだ。 

つまり普通の呼吸を続けている限り,肺胞の酸素分圧は結合能力に比べて十分に高いので,ヘモグロビンはもうこれ以上は無理!(結合率は 99 %以上)というくらいに酸素を目いっぱい吸いこんで去っていく。
(※↓実験参照)

●酸素不足には敏感に反応する

酸素で満腹になったヘモグロビンはいったん心臓に戻って,そこからあらためて動脈を通って全身に向かって送り出されていく。 動脈は進むにつれてどんどん枝分かれをして細くなっていくけれど,末端の毛細血管に来るまでは,血液中の酸素や二酸化炭素の濃度はほとんど変わらない。 動脈血の酸素分圧はほぼ 100 mmHg (正確には 98 mmHg 以上?)だ。 気体は細胞膜を拡散していくと言っても,タイトに取り巻く筋層や結合組織の層に遮(さえぎ)られて,動脈ではそう簡単に気体は外に抜けていかないからだ。

しかし血液が末梢の毛細血管に達したとたんに事態は一変する。 筋層が無くなって単層の内皮細胞だけになり,周りの壁はスカスカだ。 毛細血管の周りの組織では酸素分圧は 40 mmHg よりも低い。 細胞活動をするから常に酸素は足りない状態だ。 この酸素分圧の落差のために毛細血管内のヘモグロビンから酸素分子が一気に離れていって,血管の壁を抜けて出る。 

教科書で末梢の酸素分圧とされる 40 mmHg 程度では結合率は 70 % 程度で,まだ酸素を持っているヘモグロビンの方が多いのは意外な感じはする。 しかしこのグラフは,周囲の炭酸ガス濃度変化の影響を無視した,だいたい上限の値で,組織の活動状態によって,結合率は敏感に変化するのだ。 

oxyhemoglobin dissociation curveヘモグロビンの酸素解離曲線は酸素分圧が 50 mmHg より低くなると,分圧の変化に対する結合率の変化が急に変わって,わずかな酸素分圧の低下に反応して,より多くの酸素分子がヘモグロビンを離れるようになる。 酸素分圧が 20 mmHg 程度になると結合率は 20 % 程度だ。 酸素分圧が低いってことは,それだけ酸素要求度が高いってことなので,解離曲線のちょうどこの範囲を使うということはとても理にかなっているのだ。

●二酸化炭素が増えると酸素を離しやすくなる

組織の細胞からは二酸化炭素が発生するので,その周りは酸素が薄い(40 mmHg 以下)のと同時に,二酸化炭素の分圧は 46 mmHg と,動脈血中の二酸化炭素 40 mmHg より少しだけ高くなっている。 そのため二酸化炭素は組織液のほうから毛細血管の中に拡散していく。 さらなる細胞活動増加による血液中の二酸化炭素の増加はヘモグロビンにも影響を与える。 (標準の解離曲線は,動脈血中の二酸化炭素分圧 40 mmHg の環境でのものだ。) 

oxyhemoglobin dissociation curve

二酸化炭素が多い環境ではヘモグロビンは酸素と結合しにくくなる。 つまり酸素分圧は同じでも二酸化炭素が多いと,酸素をより離しやすくなるのだ。 同じ酸素分圧で比較すると,二酸化炭素の影響で酸素解離曲線は下に押し下げられる格好になる。 この影響は酸素分圧が低いところほど強く出るけれど,酸素分圧が高いところでは小さくなる。 このこともあってか,二酸化炭素の影響で曲線が下に下がるというより,曲線全体が右(右下方)に偏位(へんい,シフト)すると表現するようになっている。

oxyhemoglobin dissociation curve

末梢での細胞活動が高いほど,酸素要求度は高く,二酸化炭素は多く発生する。 だから,二酸化炭素の増加で解離曲線が右にシフトする性質もまた理にかなっている。 二酸化炭素が増えると,その分,遊離の水素イオンが増えて血液や体液は酸性に傾く。 二酸化炭素以外の理由で血液が酸性に傾いても,解離曲線は右にシフトする。 水素イオンの増加によるこのシフトをボーア効果(Bohr effect)と言って,二酸化炭素の影響はボーア効果によるものだ。

●熱くなっても右にシフトする

ヘモグロビンは温度が上がっても,酸素を離しやすくなる。 運動したときはもちろん,一般的に細胞活動が上がれば何かしらエネルギー放出は増えて温度は上昇するので,これも大変,理にかなった性質といえる。

※【実験】

手元にある酸素飽和度計, パルスオキシメーター(日本光電 オキシパルミニ SAT-2200)を使って息止め実験をすると,もともと 99 % だった左手人差し指での酸素飽和度が息止めで1分過ぎあたりから下がり始めて2分で 91 % まで達した。 2分半を過ぎたところで耐えられなくなり,すぐに呼吸を戻したが,飽和度はかまわずさらに下がり続け 20 秒ほどかけて 85 % まで低下したあと,あっという間に 95% 以上に回復した。 

呼吸を再開してから飽和度が回復を開始するまでの 20 秒から 30 秒程度のタイムラグは,主に肺から計測している指先までの血流の到達時間によるものだろうから,息止めの最後のところでは肺胞の酸素分圧の低下と二酸化炭素分圧の上昇によって酸素結合率は 85 % 以下まで低下していたと考えられる。 二酸化炭素分圧変化の影響を無視すると,結合率 85 % というと酸素分圧は 60 mmHg あたりまで低下した感じだ.パルスオキシメーターで計測した酸素飽和度 SPO2 は実際の動脈血酸素飽和度 SaO2 と厳密には同じではないけれど,ここではその差は問題にならないだろう。 

肺胞の中の酸素分圧は息止め直後からほぼ時間に比例して低下すると考えられる一方で,酸素飽和度の低下が始まるのに 20 秒をはるかに超える時間がかかり,呼吸を回復すると,もとに戻るのは一気にという変化は,ヘモグロビンの解離曲線が示すかたち(このグラフはそれを左右反転したかたち)そのものだ。
息とめ実験グラフ
黄色いマーカの時点まで息を止めて,その後ただちに呼吸を再開した。

 ↑ 記事を折りたたむ

◯参考にしたサイト

「PaO2」は酸素の量でも濃度でもない
3泊4日の高地トレーニング(標高1800 m )が呼吸の化学感受性に与える影響,豊田工業高専研究紀要(2011)← 統計的有意差は出ませんでした。
呼吸ケアのアセスメント, 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会.

○関連する記事:

[023] 赤血球とヘモグロビン erythrocyte and hemoglobin
[011] 体内の酸性・アルカリ性と炭酸ガス body acid-base reaction and carbon dioxide gas
[010] 肺胞換気量と死腔 alveolar ventilation and dead space
[016] 血液循環 blood circulation
[001] 心臓のポンプ機能 heartbeat pumping
[037] 膠質浸透圧 colloid osmotic pressure
[046] 消化と代謝 digestion and metabolism
[050] 細胞呼吸 cellular respiration

○参考文献

プロッパー細胞生物学,化学同人
Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版,南江堂
細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社

rev.20141230,rev.20160507,rev.20170505, rev.20171217, rev.20191020, rev.20191114, rev.20191118, rev.20191217, rev.20200115, rev.20200901, rev.20210301.

◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)

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