[009] 筋収縮の伸縮幅 the range of muscular contraction (GB#115C03) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●指を曲げる筋が腕にあるのはなぜ?
骨格筋(skeletal muscle)は基本的に関節を曲げたり伸ばしたりする筋肉だ。 身体中にいろんな大きさ,長さの筋が貼りついていている。 筋肉は全身で 600 個以上もあって,骨や関節の数に比べてやたら多い。 なぜこんなところにこんな筋が?と不思議に思うところも多々ある。 なかでも手の指を動かす筋のほとんどが手ではなくてはるか遠くの肘から出ていて,手指のところにはほぼ腱(けん,tendon)しかないということを初めて知ったときにはかなりびっくりした。
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●指の長さを超える,指の筋
たとえば人差し指を曲げる筋は浅指屈筋(せんしくっきん)と深指屈筋(しんしくっきん)が,伸ばす筋は総指伸筋(そうししんきん)があるけれど,どれも指からずっと離れた肘の上の上腕骨(じょうわんこつ)の下端から出ている。 屈筋が骨に着くところ(起始,きし,origin)は上腕骨内側上顆(じょうわんこつないそくじょうか),伸筋の起始は上腕骨外側上顆(じょうわんこつがいそくじょうか)だ。 筋の本体(筋腹,きんぷく,muscle belly)は前腕部にあり,手首を越える部分は腱となって通り抜けて手指の骨に停止している。 どうしてこんな遠回りな作りになっているのだろう。
骨格筋が縮むしくみについては,その主役のアクチンとミオシンが今や,筋に限らずあらゆる細胞で大事な働きをしていることが明らかになって,研究はとてつもないナノレベルの,神のような領域に踏み込んでいるらしい。 そのいっぽうで教科書の筋収縮メカニズムの記述は50年前とほとんど変わり映えはしない雰囲気だ。 たしかにアクチンとミオシンの滑り込みのしくみと興奮収縮連関(こうふんしゅうしゅくれんかん)のしくみは筋収縮のところの目玉だし,等尺性収縮(とうしゃくせいしゅうしゅく)も等張力性収縮(とうちょうりょくせいしゅうしゅく)も大事なことだけど,そろそろ,もう少し話を進めてもよいではないかな。
●筋はそれほど伸び縮みできない
生理学の教科書ではほとんど強調されていないけれど,骨格筋収縮のメカニズムから導かれる,意外と大事なポイントは,力の出せる伸び縮みの長さの制限範囲がかなり小さいということだ。 伸び縮みするものと言えば,ゴムひもやバネが思い浮かぶ。 そういうイメージだと2倍も3倍も伸びたり縮んだりしそうだけど,骨格筋の線維は一番縮んだ時のせいぜい 1.5 倍程度にしか伸びない。
順天堂大学医学部の解剖学者,坂井建雄先生によると伸び縮みは 10 % 程度だという。 これは骨格筋の縮む仕組み自体からくる制限だ。 筋の力の発生や短縮が,筋節(きんせつ,sarcomere)を構成するミオシン(myosin)とアクチン(actin)の二種類の,ナノレベルで長さの決まった筋フィラメントの滑り込みの力で発生するというのだから,伸び縮みは”最大で”どうやっても 2 倍が限度だ。 これに実際はいろいろ構造上の制約が加わるから,本来の筋線維(きんせんい)の部分に限定してもせいぜい 1.5 倍であり,伸び縮みをしない腱の部分まで”筋の長さ”に含めるとその長さの変化の幅は 10 % 程度にしかならないだろう。 筋の伸び縮みが 10 % だとすると,1センチの伸び縮み幅を得るためには 10 センチの筋が必要になる。
●伸縮の幅は筋線維の長さに比例する
ひとつの筋節の伸び縮みの範囲を1.5倍,変化率を 50 % とする。 筋線維の中の筋原線維(きんげんせんい)は筋節が直列につながったものだ。 筋節を二つ直列につなげても変化率は 50 % のままだ。 しかし伸び縮みの距離,つまり伸縮の幅は 2 倍になる。 筋節を 4 個,直列につないだら伸縮の幅は筋節2つの 2 倍になる。 伸縮の幅は筋原線維が長いほど長くなる。つまり筋線維が長いほど伸縮の幅は長くなる。
※この伸び縮みの距離をなんと呼ぶかは特に定まっていないようだ。 ここではピストンの往復運動,ばねの伸び縮みの幅を行程,ストローク(stroke )と呼ぶことになぞらえて使っている。 しかし英語で筋収縮で power stroke とはミオシンの頭の往復運動のことを指している。また,単に stroke というと一般的には脳卒中のことになってしまうからややこしい。⇒ 結局,「伸縮の幅」(the range of contraction)に変更した。(2018-08-24)(英語では,ピストンの往復運動のような行程幅は travel distance を使うのが正しいようだ.2020-07-25)
●筋収縮の速度も筋線維の長さに比例する
筋節がひとつでも,10 個直列につながっていても,かかっている負荷が同じなら,それぞれの筋節ひとつひとつは同じ時間で収縮する。 だから 10 個つながっている線維全体は筋節ひとつのときの 10 倍の速度で収縮することになる。 筋節が4つの線維と2つの線維を比べると,4つの線維の方が 2 倍の速度で収縮する。 5 センチの筋より,10 センチの筋は 2 倍の速度で収縮することができる。 負荷が大きくなると筋収縮の速度は落ちるが,その落ち方の割合は筋の長さには関係ないから気にすることはない。
●長い筋は短い筋より,伸縮の幅は長く,収縮速度が速い
つまり速くて大きな動きをする関節には,短い筋より長い筋が有利となる。 手の指を曲げ伸ばしする筋の多くが遠い肘から出ているのは筋の長さを稼ぐためには大変有利な構造なのだ。 手の指の末節は過伸展状態からぐっとこぶしを握ると,手の甲に対してだけでも 270 度を超える動きをする。 手指は楽器やパソコンのキーボードをめまぐるしい速度で操作できる。 それに加えて,筋を腕に追い出したおかげで,手はコンパクトに薄く作ることができて,より器用さを発揮できている。
浅指屈筋 musculus flexor digitorum superficialis
深指屈筋 musculus flexor digitorum profundus
総指伸筋 musculus extensor digitorum
上腕骨内側上顆 epicondylus medialis humeri
上腕骨外側上顆 epicondylus lateralis humeri
興奮収縮連関 excitation-contraction coupling
等尺性収縮 isometric contraction
等張力性収縮 isotonic contraction
◆ここまで書いてきて不思議なこと(困ったこと?)に気付く。指や手をよく動かすサルやヒトならこの理屈で通じるけれど,イヌやネコだって手の部分の筋は肘から出ているじゃないか。 なんとウシやウマでも!。 実は四足動物はみんな基本構造ほぼ一緒だ。トカゲだってカエルだってそうだから。 つまりサカナから陸に上がってくる進化の過程で,どういうわけかすでにこの基本設計は用意されていたということだ。
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◯参考にしたサイト
・筋肉のことをもっと知りたい ⇒ サイエンスチャンネル (18)Body.18 筋肉って伸び縮みするの? (科学技術振興機構提供)
※筋収縮の研究は当初から極微の世界でした ⇒ 慈恵会医科大学名誉教授,馬詰良樹先生の退官記念講演(2010)(pdf)
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・アクチンとミオシンのことをもっと知りたい⇒ アクトミオシンの動作機構の解明,大阪大学大学院生命機能研究科,石島研究室のホームページ
・筋収縮立体模型 ⇒ 「筋にくんⅡ」
○関連する記事
◆[035] 骨格筋収縮の張力 tension of the skeletal muscle contraction
◆[049] 随意運動の神経回路 A neural circuit of voluntary movement
◆[019] アデノシン三リン酸(ATP) adenosine triphosphate
◆[026] ミオシンとアクチンの相互作用 interaction of myosin and actin
◆[033] 平滑筋の収縮 smooth muscle contraction
◆[041] 心筋線維 myocardial fiber
○参考文献
・肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
ちょっと見てごらん ⇒ 精密立体 ペーパーバイオロジー (飛鳥新社ポピュラーサイエンス)
SOIL-SHOP 生物教材製作所
http://www.k4.dion.ne.jp/~soilshop/top.html
rev.20170502, rev.20180824, rev.20200825.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)
コメント
久しぶりのコメントです。ありがとうございます。
今までわからないと思っていた人にわかってもらいたいという気持ちでやってます。
少しでも理解が進んだと感じてもらえれば大変ありがたいです。
さて、脂肪代謝についてもいずれ取り上げるつもりですが、申し訳ありませんが、
まだこのサイトにはありません。 もしアニメーションによる説明がほしいとすれば
どんなところでしょうか。
> 看護師レベルでもとってもよくわかる解剖生理で感動です。
> 脂肪細胞と脂質代謝、脂肪の役割のつながりが今一つわからず、いろいろ探している途中で、このサイトと出会いました。ここで、わかるようなところはあるのかしら?探せないでおります。
看護師レベルでもとってもよくわかる解剖生理で感動です。
脂肪細胞と脂質代謝、脂肪の役割のつながりが今一つわからず、いろいろ探している途中で、このサイトと出会いました。ここで、わかるようなところはあるのかしら?探せないでおります。
好意的なコメントいただきました。
何かのお役に立てれば幸いです。
ありがとうございます。
> とても魅力的な記事でした!!
> また遊びに来ます!!
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