[038] 深部体温の恒常性 homeostasis of the core body temperature (GB#107A01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●暑くても寒くても体内温度はほぼ一定
気温が低くなると,ヒトは服を着込んだり,部屋の温度を上げたりして身体が冷えないようにがんばる。 気温が高くなると逆に服を脱いだり冷房をいれたり,暑さを和らげようとする。 だけど裸の状態だとしても,気温が低いとき高いとき身体の中心部分の温度,深部体温(core body temperature)はなんとかほぼ一定に保とうとする仕組みが身体には備わっている。 深部体温さえ大丈夫なら,ヒトはなんとか生きていられる。 逆に深部体温が大きくはずれれば生きていけない。生理的仕組みは,できるだけ一定に保とうとする努力にすぎない。実際の環境の温度変化は生理的対応範囲を十分に越えているので,ヒトはいろんな手を使って体温を生理的範囲に維持する必要がある。
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深部体温は,37 ℃から 38 ℃あたりを中心にしてヒトによって若干違いはあるし, 1 日のうちにわずかに周期的変動をすることは知られている。 体内時計の発見のきっかけとなる生理的なほぼ 1 日の周期「概日リズム(がいじつりずむ,circadian rhythm)」は,この体温の注意深い観察から見つかったという。 ただし 1 日の平均をとれば,それぞれのヒトの体温は季節が変わっても年間を通じて(健康ならば)ほぼ一定を保っている。
Contents
●体の中に熱源がある
ヒトは体の中に体温の熱源(heat source)を持っている。 細胞が生きていれば何らかの熱は発生するので,体中どこでも熱源にはなるけれど,産熱の度合いの大きい部位というのはある程度絞られる。 主に内臓と脳と骨格筋だと言われている。 ただしインターネットでヒットする資料では,その順番や割合がまちまちで,元のデータが何なのかも不明で,どれが本当なのか判断できない。 それでも内臓の特に肝臓(liver)の割合が飛びぬけて高いことは確かなようだ。 おとなしくしている時だと,身体全体の産熱の 4 分の 1 ほどを占めているという(これも資料によってまちまちだ)。 組織の重量当たりの産熱量では間違いなく肝臓が全身の中でもトップだろう(←実は,心臓と腎臓がトップのようです)。 脳も全体の 8 分の 1 程度の産熱を受け持っているらしい。 骨格筋(skeletal muscle)は休んでいるときと活動しているときの差が激しい器管だ。 休んでいるときでも身体全体の産熱の半分を占めているという資料もあるけれど,血流量の割合からすると全体の 4 分 1 程度が妥当かとも思う。
●熱によって代謝は進む
細胞は生きるためにそれぞれ物を作ったり壊したり,移動させたりという代謝活動(metabolism)を行う。 代謝活動にはある範囲の温度環境が必要だ。 生体の代謝反応は水を媒体として行われるので,水が凍ってしまったら反応ができない。 化学反応は基本的に温度が高いほうが速く進む。 しかし,摂氏 40 数度を超えると酵素の働きをしているタンパク質が変性し始めて反応系は死んでしまう。 それぞれの代謝反応によって最適な温度はまちまちかもしれないけれど,身体はひとかたまりなので,全体的に調和のとれる妥当な温度にそろえるのが一番効率がよさそうだ。 実験室のビーカーで化学反応を進めるときにはお湯に漬けたりランプで加熱したり,外から熱を加える。 その点,ヒトの身体では代謝自体によって熱が発生するので,その熱を使って温度を保てば一石二鳥で都合がよい。 そのちょうどよい温度が健康なヒトの体温というわけだ。
●体温は産熱と熱放散のバランスで維持されている
ヒトの身体は生きているかぎり,代謝を止めることはできない。 年齢,性別,体格にもよるけれど,体重 60 kg の 20 代男性だったら,一日中何にもしなくてただ横になっているだけでもおよそ 1500 kcal のエネルギーが消えていく。 外部にする物理的仕事は呼吸運動と多少の寝返り運動くらいで(まわりの空気をかき混ぜたり,ふとんを変形させたりするから(笑)),残りは全部,熱にかわるはずだ。 1 カロリー( 1 cal )は, 1 グラム( 1 g )の水の温度を1℃上げるエネルギー量なので, 1 kg の水を 1 ℃ 上げるエネルギーは 1 kcal になる。 1 日あたり 1500 kcal は, 60 kg の水だと,1500/ 60 = 25, 1 日かけて 25 ℃ 上昇させるエネルギー量になる。 体が魔法瓶みたいに断熱構造だったら,この熱がどんどん蓄積されて,身体の温度は 1 時間におよそ 1 ℃ ずつ上昇し続けることになる(いや, 1 日,じゃなく数時間持たずに死んでしまう!)。 しかしヒトの身体は1日で発生した熱量は 1 日で全部,外に発散されていって,身体にはたまらない。 体温は毎日,ほぼ一定なので,理屈からするとそれが当たり前だけれど,その当たり前が実は素晴らしく微妙で絶妙な生体の調節能力によっている。
●熱は常に身体の表面から逃げている
1 日中,何にもしなくても生きているだけで消えていく熱量は基礎代謝量(BMR;basal metabolic rate)に相当する。 ヒトの体内で生み出された熱は身体の表面,皮膚を通して逃げる。 皮膚以外だったら,呼吸の吐息か尿や大便として捨てられるくらいだ。 突き詰めると気道や消化管の壁も身体組織の表面だから結局,身体の表面以外の熱の逃げ場はない。 一定の面積の皮膚から熱が逃げる速さは,皮膚と環境の温度差が変わらないなら一定で,面積が 2 倍になると逃げる熱の量は 2 倍になる。 体温が維持されていることから考えると,体内での産熱の速度と皮膚からの放熱の速度は 1 日を通すとちょうど釣り合っているはずだ。 そのため,ヒトの体格や年齢,性別,環境温度などで基礎代謝量は違ってくるけど,基本的に「基礎代謝量は身体の表面積に比例する」といわれている。
●体表面積は体重の2/3乗に比例する?
では,身体の表面積はいくらあるのか。 被検者の身体にテープを貼り巡らしてその総面積を実測するらしいけれど,そのデータによると男性でおよそ 1.69 m2,女子でおよそ 1.51 m2 あたりだそうだ。 こんな方法をいちいち使えないので,普通は計算で割り出す。 球体とか立方体とか単純な立体物だったら,表面積は簡単な計算で寸法から割り出すことができて,同じ形だったら体積の 2 / 3 乗に比例する。 でこぼこのある形でもサイズの違いだけだったら,その表面積はやはり体積の 2 / 3 乗に比例する。 ヒトの身体だったら体積を実測することも面倒だけど,体積は体重にほぼ比例するだろうから,体重から表面積を割り出すことができる。 だから大雑把に言って,ヒトの表面積は体重の 2 / 3 乗に比例すると考えられる。 ところが,これはカタチが同じだったらということで,同じ体重でも丸っこくて背が低いヒトと,がりがりで背の高いヒトでは表面積は同じでない。 がりがりで背の高いヒトの方が表面積は大きいはずだ。 そこで,ヒトの表面積の計算では体重だけでなく,身長も計算に入れて割り出す数式が使われているのだ。 (ただし,実際の基礎代謝量の評価では,単純に体重 1 kg 当たり 1 日量を基準としている場合も多い。)
●熱の逃げ方は温度差に依存する
身体からの熱の逃げ方は体温と環境の温度(細かく言うと,皮膚表面の温度)の差に比例する。 皮膚表面の環境温度が体温より高かったら,身体は外から熱をもらうことになる。 普段,私たちが生きている世界は体温よりはずっと低い。 代謝熱は常に逃がさないといけないので,これは当然だけど,環境の温度によって熱の逃げ方は大幅に変化することになる。 環境の温度が高いときにはなかなか逃げずに,温度が低いときには速く逃げる。 産熱の速度より速く逃げると,身体が維持する熱量は低下するから,深部体温も徐々に低下する。 環境の温度が高くて熱が逃げられないと深部体温も徐々に高くなるだろう。 しかしこれだと,季節の変化や一日の気温の変化によって,体温が振り回されてしまう。 「変温動物(poikilotherm)」と言われる生き物たちはまさにその状態だ。
●体内の温度を一定に保つ仕組みがある
ヒトはある程度の温度の幅だったら,身体の外側の温度は変わっても,深部体温は一定に保とうとする仕組みがある。 我々は「恒温動物(こうおんどうぶつ,homoiotherm)」といわれる生き物の仲間だ。 今回のアニメーションはその様子を示したもので,生理的な体内時計の存在を発見したドイツの科学者,Jurgen Aschoff (1913 – 1998) が考えた,古いけれど有名な図をもとにしている。 低い方はだいたい 20 ℃,高い方はだいたい 35 ℃の環境に置いた場合の変化を示している。(気温なのか水温なのかはわからない。実験の作法としては水温とは思うが確信はない。) 「恒温」というのは温度が一定という意味だ。 と言っても身体全体がいつも一定ということではなくて,環境温度が低いときには手足の温度は 30 ℃以下に低下するけれど,身体の中心部の温度は 37 ℃ を保っている。 逆に環境温度が 35 ℃ の場合,手足の温度は上昇するけど,体内温度はこれまた 37 ℃ を保っている。 Aschoff によると,体温は環境温度が変わっても一定の温度を保つ核心(core)部分があり,その周りを環境温度に左右されて温度が変化する外殻(shell)体温がつつんでいるというイメージだ。 核心温度は体幹の内臓部分と頭の脳の部分の温度で,いわゆる深部体温に相当する。
中心部分に,ただ物理的に時間当たり一定の発熱をする熱源があり,その熱が物理的に表面から逃げている場合は,環境温度が変わると,中心部分の温度も容易に変わってしまう。 ヒトの核心体温がそうならないのは,環境温度が低いときには熱の逃げる速度をなるべく落として,環境温度が高いときには熱の逃げる速度をなるべく上げる調節がされているからだ。 その調節のポイントは皮膚の下を走る血管の血流を調節することで,この部分の熱伝導度を変化させるところにある。 高温時には,もちろん汗による冷却効果も忘れてはいけない。 また,基礎代謝量そのものも,暑い時期に比べて寒い時期にあるときには若干上昇して,逃げる熱量となるべくつり合いをとろうとする。(これらの仕組みはまた別の機会にとりあげよう。)
●冷たい水を飲むとエネルギーを消費するか
冷たい水を飲むと体は冷える気持ちになる。 体温 37 ℃の体内に 10 ℃ の水を 500 ml 飲み込むと,大雑把に計算して温度差 27 ℃ × 0.5 L = 13.5 kcal の熱が,飲んだ水に吸い取られる。 体重が 60 kg で,奪われた熱の影響が一様にかかるとすると,13.5 ÷ 60 = 0.225 ℃ だけ,体温は下がるだろう。 実際にちょっと冷えたかなと感じるかもしれない。 身体は自動的に体温を一定に保とうとするので,元の体温にするために,同じく 13.5 kcal の熱量をどっかから持ってくることになる。 このとき,体内の熱源をちょっとだけ余計に燃やそうとするのだろうか。 それなら冷たい水を飲むことは,それだけで少しはダイエットになるけれど,それよりは,熱の逃げ方をちょっとだけ抑えるだけでも,これくらいの熱量を調達することは難しくないかもしれない。 実際はどうなのかは知らないけれど,いずれにしても,真夏に冷たい水を飲んで冷えたと思ったら,その後に一時的にしろ,再び前よりもちょっとだけ暑い体験をしないといけないところが,身体の仕組みとはいえ,つらいところだ。
●変温動物にも快適な温度はある
変温動物は外温動物(ectotherm)とも呼ばれるらしい。 身体を温めるほどの代謝活動はしない。 熱は外からもらって,その熱に応じて代謝活動をする。 寒ければおとなしくしていて,温かくなれば活発に活動できる。 もともとよけいなエネルギーも使わないので,人間なら死んでしまうような低温でもそれなり生きることができる。 だけど,どの温度でも大丈夫,ということではなくて,それぞれの生き物が生きるのに最適な温度の範囲は以外と広くない。 冷たい水の中で生きている生き物は,その冷たい水の温度が快適なのだ。 ヒトにとって暖かくて快適な温度は,水の生き物にとっては熱湯のようなものかもしれない。 池の水温や海水温が少し高くなったとかで,魚が大量に死んだり,いなくなったというニュースを時々聞く。 釣った魚をむやみに素手で触ってはいけないという注意は,つい忘れてしまうけれど,とても大事なことだ。
●熱の発生は活動する細胞の数に比例する
生き物はたいてい一日中寝ているばかりではないので,実際は基礎代謝量以上のエネルギーを消費する。 このエネルギーも大半は熱となって体表から排出される運命にある。 活動するとき主な熱源は筋肉,脊椎動物では特に骨格筋だ。 熱は各々の細胞レベルから発生しているので,活動する細胞が多いほど全体での発熱量は多い。 ヒトの場合,骨格筋の量はだいたい体重の 4 割を占める。 休んでいるときには全身の 2 割から 3 割の血流量が,最大の全身運動時には 8 割まで上昇する。 心臓の拍出量も 5 倍になるというので,それからすると骨格筋のエネルギー消費は休息しているときの 40 倍近くまで跳ね上がることになる。 当然,体表からの熱の排出効率も最大限にあげようとはするけれど,とても追いつかないので,体温は急激に上昇する。 そのため,体温調節の面でも,強い運動を伴う活動は長時間続けることはできない。 しかし,普通の生活に必要な通常レベルの筋運動でも熱は発生している。 平均すると,基礎代謝量を除いた活動による消費エネルギー(ほとんど熱発生)は筋肉量に比例するだろう。 その結果,筋肉質のヒトは平均的な熱放出量が,筋肉質でないヒトより多いということになる。 さらに,さらに大雑把にまとめると,「活動によるエネルギー消費量は体重に比例する」とも言われている。
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○参考にしたサイト
・ヒトの臓器・組織における安静時代謝量, 厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト
・気温 38℃は暑いのに,38℃のお風呂はなぜ熱くないのか, 自然科学コンクール第43回入賞作品中学校の部文部科学大臣奨励賞,2002. 。
・同じ 33℃で気温は暑く水温は冷たいのはなぜ, 日常の化学工学, 化学工学資料のページ.
・体温ってなあに? 正しい体温の測り方, テルモ体温研究所.
・わかりやすい高校物理「熱運動」
・わかりやすい高校物理「熱の仕事等量」
・日本人の体表面積, 暴露係数ハンドブック, 独立行政法人産業技術総合研究所.
・象の体温の測り方, どうぶつのくに, 2011.
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○参考文献
・Lehninger Principles of Biochemistry 6th, International Edition, Macmillan Higher Education, England.
・カラー版 ボロン ブールペープ 「生理学」, 西村書店
・肉単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (筋肉編))
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
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