[020] 対光反射 pupillary light reflex (GB#116G02) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●瞳はふたつでひとつの生き物?
眼に明るい光が当たると瞳(ひとみ,pupil)が一瞬に小さくなることは誰でも知っている(かな?)。 瞳はその持ち主の意志とは関係なく勝手に反応するので,まるで瞳を作っている円形の膜,虹彩(こうさい,iris)が独立した生き物で,それ自体が光を感じている雰囲気もある。 しかし虹彩が自分で勝手に動いているわけではないのは大昔の人たちも気づいていただろう。 光を片方の眼だけに当てた時も,光が当たっていないもう一方の眼の瞳も同時に小さくなることは簡単に確かめられる。 少なくとも左右を連絡する神経が後ろで糸を引いているのが想像できる。
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●虹彩はどれだけ光を遮る?
光があたると瞳孔が小さくなる反応は,神経の連絡による反応なので対光反射(たいこうはんしゃ,light reflex)と呼ばれる。 対光反射の目的は明るさに応じて網膜に届く光の量を調節して,識別できる明るさの範囲を広げることにある。 カメラの絞り機構はまったく同様の働きをしている。 で,それがどの程度,効果的なのかを見積もることは意外と厄介だ。 瞳孔は直径が最大 8 mm から最小で 1 mm まで 0.2 秒で変化して 64 倍の光量変化をもたらすと書いてある。 8 × 8 = 64 だから確かに穴の面積は最大 64 倍変化する。 だけどそれは虹彩が全く光を通さないカメラの絞り羽みたいなものだったらということで,実際の虹彩はカーテンみたいなものだろうからそれほど斜断できないはずだ。 しかも人によって青かったり黒かったりするわけで,それぞれ斜断力が違うだろう。 青い目の人は強い光に弱いというのはよく言われていることだ。 だから実際はどのくらいなのだろう。 半分の 32 倍でも変化するとカメラの絞りでいうと F2 から F11 までの範囲だから,カメラだったらまあ実用にはなるけど,同じように考えてよいのだろうか?
われわれの視覚は網膜の順応(じゅんのう,adaptation)があるので最大 10 の10 乗(1010,10億)倍の光強度の範囲に反応できるという。 ところが,普段何気なく目の前の景色を見るとき識別できる明るさの範囲は虹彩の調節も入れてだいたい 10 の 4 乗( 1 万)倍の明るさの範囲らしい。 虹彩が 20 倍調節できるとすると,10000 ÷ 20 = 500 になる。 網膜の感度範囲が 500 倍程度あれば虹彩の調節力で 10000 倍の範囲をカバーできることになる。(虹彩の実際の遮断力,網膜の感度幅の値はネットを探してもちょっと見つけきれない。 専門書を見ないとわからない感じだ。 よってこの数字はあくまでも試算にすぎない。本当は大幅に違っているかもしれない。) ちなみにパソコンのディスプレーの輝度比は 1000 倍程度だという。 計算する前は,瞳孔ってそれほど効果がないかな?と思っていたが,結構効いている気がする。
●がっかりすると眼が点になる?
瞳孔の大きさは光だけでなく実は気分でも変わる。 明るさが安定している状況であれば,気分のテンションが上がると瞳孔は大きく開き,テンションが下がると瞳孔が小さくなる。 瞳孔の大きさが気分とどう関係しているのだろう。 写真を撮るのが好きな人は知っているだろうけれど,瞳孔が小さいとき光量は少ない代わりに,同時に焦点が合う遠近の範囲が広い。 近くから遠くまでシャープに見える。 これは都合のよいことのようだけど,逆に言えばどこを見ているのか定まらないことになる。 それに対し瞳孔が開いたときは,光量が増える代わりに,焦点の合う遠近の範囲は狭くなってしまう。 どうしてかというと光が通り抜けるレンズ面が広くなることで焦点がちょっとずれた余計な光まで増えてしまってじゃまをするのだ。 ほんとに焦点がぴったり合ったところだけ,そのような邪魔な光がないのでくっきり見える。 きれいに見える範囲が狭いということは,見たいところがはっきりするということになる。 それでたとえば眼の前に興味を引くものが現れるとテンションが上がって瞳孔が開くというしくみだ。 逆に興味をそぐようなことになってテンションが下がれば瞳孔が小さくなる。 目が点になる,というのはびっくりして言葉を失っているという感じで使われることがあるけれど,実際は逆に「引いている」ありさまなのだ。
瞳を小さくする瞳孔括約筋(どうこうかつやくきん,sphincter pupillae muscles)を支配する神経線維は副交感神経(ふくこうかんしんけい,parasympathetic neuron)という自律神経だ。 瞳孔を広げる瞳孔散大筋(dilator pupillae muscles)は別の自律神経である交感神経(こうかんしんけい,sympathetic neuron)が支配する。 自律神経の活動は自分の意志でどうこうできない。
●対光反射は両眼で起きる-でもその理由は眼の中にある
対光反射のしくみは意外とややこしい。 まず虹彩はほとんど小さな平滑筋だけでできた薄い膜で,光を感じる能力はない。 光は瞳を通り抜けて網膜(もうまく,retina)に達する。 対光反射を起こす刺激は普通に物を見る時に働く網膜で受け取る。 ただし物を見る信号線とは別に対光反射専用の神経線維があるらしい。
その信号の流れは,
網膜 ⇒ 視神経 ⇒ (中脳)視蓋前域核 ⇒ (中脳)動眼神経副核 ⇒ (副交感神経)⇒ 毛様体神経節 ⇒ 瞳孔括約筋(収縮)
となる。
物を見た映像の信号は視神経から視床の外側膝状体(がいそくしつじょうたい, lateral geniculate nucleus,LGN)に投射する一方で,対光反射の信号を伝える神経線維はその前に隊列から外れて中脳に向かう。 視蓋前域核(しがいぜんいきかく, pretectal nucleus)は右と左の一対があって,動眼神経副核(どうがんしんけいふくかく,accessory nucleus of oculomotor nerve)も左右一対ある。 右の動眼神経副核は右眼の瞳孔を,左の動眼神経副核は左眼の瞳孔を小さくする。 ここでは右と左の神経系は別れているけど,その動眼神経副核はそれぞれが右と左の両方の視蓋前域核から神経投射を受けていることがわかっている。 というところから,だから片眼だけを光刺激しても左右の動眼神経副核が活動して,両眼で対光反射が起きるのだ,と大抵の本には説明されている。
しかしそれって,視覚のしくみの基本からするとちょっと変な説明だ。 なぜならヒトでは片眼だけに光を当てた時点ですでに,網膜の段階で左右両側の神経経路を刺激してしまっているからだ。
眼の前に見える世界には実はど真ん中に縦に走る左右の境界線がある。 手の感覚だったら,右手の感覚は左の脳に,左手の感覚は右の脳に連絡(投射)しているのは知っているだろう。 手足だったら触っている身体の左右が逆転して脳に投射するけど,視覚だったら,視野の左右が逆転して脳に達する。 見えている世界は右眼で見ても左眼で見てもひとつなので,右眼だけでも左眼だけでもそれぞれの視野で左右が分かれている。 ごく中心部分だけは左右の脳で共同して見ているけれど,真ん中の境界線から右側の世界は反対側の左の大脳へ,左側の世界は右側の大脳へ運ばれて別々にそれぞれの脳が世界を見ている。 だけど左右の大脳皮質の間できちっと照合して一つの絵としてわれわれに見せているから,この境界線を健康な普通の人が確認することはできない。 それがわかるのは左右どちらかの視覚野で脳梗塞でも起こした時くらいなので考えただけでもぞっとする。
対光反射の信号も同様で,左右それぞれの眼の前の世界の右側の光信号は左の視蓋前域核に,左側の光信号は右の視蓋前域核に投射する。 だから片眼だけを照らしても,視野全体を明るくするなら左右の視蓋前核が同時に活性化してしまうのだから,(動眼神経副核が両側から入力されてなくても)左右の眼が同時に瞳孔が小さくなってもおかしくはないのじゃないかな。
もし,片眼の視野の左右どちらかだけを部分的に照らす実験をして,それでも両眼で縮瞳が起こったら(たぶん起こるだろうけど),それは動眼神経副核が両側から入力を受けているせいだと言えるかもしれない。 どちらにしても対光反射はまわりが明るくなったときに反応するしくみなので,左右で別々に起こる必要はないのだから,どうでもよい話ではあるけれど(笑)。
※動眼神経副核は何故かエディンガー・ウェストファール核(Edinger-Westphal核)という横文字名前のほうが,業界では,通りがいい感じもする。
※カエルの脳には大脳はないので,ヒトのような視覚中枢はなく,視蓋で獲物を見分けている。 カエルの右眼の信号はすべて左の視蓋に投射し,左眼の信号はすべて右の視蓋に投射している。 視蓋の「視野」に関してはカエルばかりでなく,眼の視軸が左右に離れている動物はネズミでもウシでも同様に完全に左右に分かれている。 これらの動物では片方の眼だけに光を当てたとき,もう一方の眼でも瞳孔が小さくなる反応がみられるだろうか?
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◯参考にしたサイト
人間の眼球の超ズーム画像 ⇒ http://tabi-labo.com/181118/closeupyoureyes
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◆[021] 活動電位 action potential
◆[031] 興奮伝導 conduction of excitation
○参考文献
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20170211,rev.20170504.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)