[056] 随意運動の神経回路2 大脳皮質と小脳 cerebral cortex and cerebellum (GB#114D10) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●小脳と大脳は近くて遠い
大脳半球はそれぞれ反対側の手足とつながっているのはよく知られている。 だけど,脳全体が反対になっているわけじゃない。
左右の大脳半球のすぐ後ろに,半ば隠れるように小脳(cerebellum)のかたまりが収まっている。 小脳の右側と左側は,大脳と違って,それぞれ同じ側の手足とつながっているのだ。
ややこしいことに,小脳は大脳のすぐ後ろにあるけれど,わざわざ遠く離れた反対側の大脳半球とつながって仕事をしているってことだ。
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●小脳は運動のチェック係
神経のつながりはとてつもなく複雑で,どんな小さな連絡でも,つながっている限りは何らかの意味を持っているはずで,無視するわけにはいかない。 けれど,まずは大雑把に捉えていなくては全体が訳わからなくなってしまう。
そこで随意運動(voluntary movement)に関係する神経回路を極限まで大雑把に描いてみたのが [049] 随意運動の神経回路のアニメだ。 (大脳皮質とか小脳とか,大きなブロックの間の信号の流れを描いているので,伝導路といったほうが適切かもしれない.)
小脳は大脳の小さくなったものじゃなくて,それ以上の役割の違いというのがある。 ざっくり言うと,大脳皮質(Cx)は随意運動の司令を延髄(Bs)や脊髄(Sc)の下位運動ニューロン(末梢神経線維を出すニューロン)に向かって送り出す。
それに対して,小脳(Cb)は大脳皮質の運動指令と延髄や脊髄からの運動実施の報告を比較して,両者のズレが小さくなるように大脳皮質に対して働きかける役割を持っている。
ここでは単純にするために,右と左の問題も無視している。 動作の原理を語るだけならそれでいい。
ところが実際のヒトの体には,右と左があるので,”解剖生理学的”にしくみを理解するには,神経系の右と左を無視する訳にはいかない。
●神経系は左右対称にできている
哺乳類の神経系の構造は,大脳皮質から手足にかけて,体軸の中心(正中,せいちゅう,median)を境にして右側と左側があって,基本的に左右対称になっている。
中央できれいに切れて分かれている大脳皮質と違って,小脳は左右の部分だけでなく真ん中のイモムシみたいな部分(虫部,ちゅうぶ,vermis という)もあって連続している。
解剖学的には”小脳半球”とは,虫部を除いた両脇をいうということだけど,両者の間に明瞭な切れ目はない。 細かく言うと,主として虫部とその両脇の領域(小脳半球の中間部分)に,左右の手足を制御する役割があるので,今回は,虫部も含めて小脳を右と左の半球に分けてしまおう。
神経系全体が左右対称には間違いないものの,大脳半球はそれぞれ,身体の反対側の運動と感覚を管理しているのは不思議なところだ。 その理由はさておき,大脳半球が左右逆になっているおかげで,うっかりすると”脳全体”がすべて左右逆に対応していると早合点しがちだ。
だけど大脳半球と小脳半球は同じサイドに並んでいない。
●右と左の入れ替わり
神経連絡の右と左の入れ替わりは,大部分が脳幹の途中で起こる。 大脳皮質から脊髄に至る最大の運動司令の出力,皮質脊髄路(ひしつせきずいろ,corticospinal tract)の入れ替わりは脳の一番下の延髄と脊髄の境目で起こる。錐体交叉(すいたいこうさ,pyramidal decussation)と呼ばれる。
大脳皮質から小脳への連絡は,延髄よりすこし上の橋(きょう,pons)で,同側(どうそく,ipsilateral)にある橋核(きょうかく,pontine nuclei)でニューロンを代えたあと,正中を越えて反対側(はんたいそく,contralateral )の小脳半球皮質に投射している。
一方,小脳からの出力は,主に小脳の根本にある深部小脳核(deep cereberal nuclei)から出たあと,正中を超えて左右が入れ替わり,反対側の視床(thalamus)を経由して,視床と同じ側の大脳皮質に信号を送っている。
結局,大脳皮質から出発した運動指令は,延髄・脊髄を下降して反対側の手足に向かうと同時に,脳幹の正中を越えて反対側の小脳に投射され,大脳皮質はその小脳から折返し戻ってきた返事を受け取っている。 返事の中身は大脳皮質から見たら反対側の運動情報なので,小脳半球から見たら同側の情報になるのは当たり前だ。
脊髄から小脳への左右の手足の運動実績の情報は大部分,同側の脊髄を登っていって,脳幹の中でニューロンを変えて同側の小脳にたどり着く。
●小脳が壊れたら同側の運動失調
というわけで,もし右でも左でも小脳の一部が脳梗塞(のうこうそく,cerebral infarction)とかで機能不全に陥ったら,主として,病変と同側の手足に影響が出ることになる。
大脳皮質の運動指令は,小脳を通らなくても脊髄に達するので意図的な運動はある程度できる。 だから運動麻痺(motor paralysis)にはならない。
だけど運動をしながらの修正が効かないので,小脳半球が障害された側では,いくつもの関節や筋の動きを順序よく組み合わせて行うような,”協調運動(coordination)” が困難になる。
そもそも単純な運動でも,目標に合わせて運動を減速させたり方向を変えたりが遅れがちになって,ついつい行き過ぎ,戻りすぎを繰り返すような動きになってしまう。
これらの小脳障害による特徴的な運動障害をまとめて,小脳性運動失調(しょうのうせいうんどうしっちょう,cerebellar ataxia)と言う。
●左右間の調整も大事
神経系が一部で左右が入れ替わっているとはいえ,全く左右が交叉するだけで終わっているはずはない。 右手と左手は協同して作業ができるし,右足と左足も協調して交互に動くので歩くことができる。 そのためには右と左は連絡しあって折り合いをつけていなければならない。
実際,左右の大脳皮質の間は,脳梁(のうりょう,corpus callosum)で強力に相互連絡している。 それ以外でも,大脳でも脳幹でも脊髄でも,アニメにはとても描き込めないけれど,いくつもの経路で左右の中枢は連絡しあっている。
小脳中央部の障害では,その症状も右とか左とか以前に,めまいとか吐き気とか,立てない,歩けない,起き上がれないなど,身体全体に及ぶ障害が深刻だ。 そして左右間の運動の協調も障害される。 真ん中でひとつの構造になっている虫部には,左右の情報が入り乱れて調整しあっているのだろう。
実を言うと,小脳半球と大脳半球が反対側に対応しているという事実は,中程度の教科書や参考書を見ても,あまりはっきりと書かれていない(ベッドサイドの神経の診かた, 病気がみえる〈vol.7〉脳・神経など)。 理由はわからないけれど,実際の病変では,大脳半球の場合に比べて,小脳の片側だけの症状ということがきわめて少ないことが関係しているのかもしれない。 しかし,仕組みを理解するためには右左も明確にしておかないと混乱のもとだろう。
●小脳は動かす身体の仮想現実空間?
アニメを描いて,手足と同じ側の小脳に,反対側の大脳から信号が送られて戻っていく様子を眺めていると,小脳が大脳から見て,実際の身体をモデル化した仮想空間だという説が頷ける気がしてくる。 物理的には動かないけれど,実際の運動に即したデータだけが計算処理されるシミュレータだというのだ(小脳, Wikipeda,2018)。
実際に身体を動かさないイメージだけの運動リハーサルでも,小脳は活発に活動するらしい(Brain activity during observation and motor imagery of different balance tasks: An fMRI study, Cortex, 64, 2015)。 実際の身体運動がある場合とは別の場所が活性化するというけれど,イメージトレーニングが実際の運動に及ぼす効果は,小脳で実際の運動回路にきちんと反映されているのではないかな。
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※小脳研究の世界的な第一人者であった伊藤正男先生は,この記事をアップした直後,2018年12月18日に永眠されました。このページの内容の核心部分は先生の研究成果を土台にしています。ご冥福を祈ります。(2018-12-20)
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○参考にしたサイト・文献
・小脳, Wikipeda(2018)
・小脳, 脳科学辞典(2018)
・小脳梗塞〔しょうのうこうそく〕, 時事メディカル(2018)
・小脳梗塞・小脳出血, ヨミドクター(2018)
・小脳症候の病態生理,三苫博/ 臨床神経学 49(7), 2009, 日本神経学会(⇒pdf)
・小脳・小脳脚梗塞における運動失調-運動失調の予後および小脳内体性局在について-, 脳卒中, 15(2), 1993(⇒pdf)
・Brain activity during observation and motor imagery of different balance tasks: An fMRI study, Cortex, 64, 2015(⇒pdf)
・小脳の構造(Structure of the cerebellum)・臨床解剖
・ベッドサイドの神経の診かた, 南山堂
・病気がみえる〈vol.7〉脳・神経, MEDIC MEDIA
・人体機能生理学, 南江堂
○関連する記事
◆[049] 随意運動の神経回路 a neural circuit of voluntary movement
◆[044] 伸張反射 stretch reflex
◆[054] 気道と食道の切り替え switching of the airway and esophagus
◆[040] シナプス伝達 neural signal transmission
◆[021] 活動電位 action potential
◆[031] 興奮伝導 conduction of excitation
◆[009] 筋収縮の伸縮幅 the range of muscular contraction
◆[035] 骨格筋収縮の張力 tension of the skeletal muscle contraction
○参考文献
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
rev.20181220, rev.20190906, rev.20210301, rev.20210601.
◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)