[022] 胃と十二指腸 the stomach and the duodenum (GB#105B03)

[022] 胃と十二指腸 the stomach and the duodenum (GB#105B03) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab

the stomach and the duodenum
●胃の運動は一方通行

口から飲み込んだ食べ物が最初に落ち着くところは胃(stomach)だということは誰でも知っている。 胃袋が縮んだり伸びたりして食べ物を消化液と一緒にカタチがなくなるまでこね回すというイメージも誰でも持っているだろう。 しかし,この胃の動きが,意外と型にはまった単調な運動だということは勉強するまで知らなかったに違いない。 入り口から出口に向かう一方通行の蠕動運動(ぜんどううんどう)のひとつなのだそうだ。

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●動きはシンプルだけどふところが深い

胃の仕事は,口から入れた物をいったん溜めて,その間に,小さくつぶしながら(粉砕,ふんさい),消化液と一緒にしっかり混ぜ合わせて(攪拌,かくはん),小腸での本格的な消化と吸収の準備を整えることだ。

たとえばビニール袋に料理の材料を入れてこね回すことは実際の調理でもよくやる。 そんなときは上からもんだり下からもんだりひねったり叩いたり,破れない程度にいろんな動きで混ぜ合わすだろう。 胃でもそんな風にいろんな運動を取り入れて混ぜ合わせているのだろうと思ってしまう。 教科書では,消化管の運動として,蠕動の他に,分節運動やら振り子運動やら多彩なレパートリーがあるのだと習うことだし。 ...しかしそうではなかった。
要するにヒトの消化管というものは口から肛門にかけての一方通行が基本になっている。 腸は頭が良いから運動のレパートリーはいろいろ持っているけれど,胃はどっちかというと頭の堅い食道からの続きで,それほど特別の運動機能が備わっているわけではないということらしい。

●一方通行でも中身は行ったり来たり

胃はほとんど筋肉の運動だけで食べ物の粉砕と撹拌をしないといけないので,蠕動と言っても独特なところがある。 まず「幽門(ゆうもん,the pyloric region)」の括約筋(かつやくきん)をしっかり絞って出口をふさぐ。 そのうえでゆっくりと上の「噴門(ふんもん,cardia)のほうから袋が絞られていく。 噴門まわりの「胃底(いてい,fundus ventriculi」(解剖用語では上下に関係なく部屋が広くなっているところを底と言うようだ)のあたりは広がったままで,絞った部分は,その下の部分から徐々に幽門のほうに絞りを強くしながら降りていく。 進行方向は下向きだけど,出口が閉まっているから蠕動しても内容物は次に送られずに,絞りの隙間から細い塊として逆流することになるので,食べ物のかたまりが小さくつぶされると同時に,袋のなか(「胃体(いたい,corpus ventriculi)」で混ぜ合わされるという仕組みだ. 幽門のごく近くでは逆蠕動を起こして内容物を圧縮するらしい。

一回の蠕動で粉砕と攪拌が済んでしまうことはなくて,1分間に3回程度の蠕動を2~3時間は繰り返す必要がある。 その蠕動を繰り返して十分にこね回された内容物は,ときどき幽門をちょっとだけ緩めて,小分けにして(だいたい 3 mL くらいだと言われる),次のステージ,十二指腸(じゅうにしちょう,duodenum)へ送り出している。

食物の種類ごとに単独で食べたときの胃の中にいる時間(滞留時間,たいりゅうじかん)は(いろいろ)資料がある。 あるものでは,茶碗一杯分の白ご飯 150 g は全部が胃から出て行くのにおよそ3時間半くらいかかるという。 おかゆだと同じ 150 g でも2時間半で,確かに「消化がよい」。 胃の中でご飯はお粥状態になるのだからこれは当然か。 ただしこれらご飯類の消化酵素は胃からは分泌されないので,ここではこね回されるだけだ。 一方タンパク質類は時間がかかるほうで,ビフテキ 100 g は4時間以上かかるという。(注:ただし,ネットで見つけたデータはサイトによってまちまちで,どれも出典がわからない。) 胃の主な消化酵素であるペプシンと強酸性の胃液はタンパク質を分解するための最強の組み合わせなので,タンパク質は早く片付けられるのかと思っていたら逆に時間がかかるというのは意外だ。 肉の分解というのがそれだけ手ごわいということだろうか。 次にまかせて大丈夫というところまで粉々にするまでは渡さないという強いこだわりが感じられる。
(※このごろ,やはり肉は早く消化されるという見方が強くなってきているような...
(※この30年くらい,国際的な雑誌できちんと論文で報告されているのはあまりない雰囲気だ。 薬の滞留と吸収をテーマにした論文はいくらでもあるけれど。結局,食べ物の胃での滞留時間を決めることは難しいという話 ⇒Gastrointestinal Transit: How Long Does It Take?, HyperTexts for Biomedical Sciences, Colorado State Unversity.)

●危ない十二指腸

「胃腸」と一口に言う。 もう少し細かく,胃十二指腸(gastroduodenal)とひとまとめに扱われる場合も多いらしい。 しかし,消化管としてはひと続きでも,胃と十二指腸はほんとに繋げていいの?と心配になるほど,袋の中は別の世界だ。 胃の中は口から入ってきた細菌を殺すのと,食物の細胞を破壊してタンパク質を分解するために大量の塩酸が分泌されてとんでもなく強い酸性になっている。 空腹時でおよそ pH 1.7 ,食べ物が入ると少し薄まるけれどそれでも pH 2~4 程度だそうだ。 細胞がむき出しだったらすぐに溶かされてしまうので胃の壁は特別の厚い粘液層で保護されている。 胃は分解した栄養物を吸収する気は無いからこれでよいのだろう。  栄養物の吸収は次に続く小腸の役割だから。

小腸での消化吸収は中性あるいは弱アルカリ性の環境で行われる。 この胃と小腸の間にある強酸性から弱アルカリ性への切り替わりの場所が十二指腸(duodenum)で,特に入り口のところ,球部(きゅうぶ,duodenal bulb)がもっとも激しい変化にさらされる。 胃からの内容物が流れてくるたびに球部でも急に酸性(pH 2)になりすぐに中性に戻る大きな変動が繰り返されるという。 ブルンネル腺(Brunner glands)という特別に発達した分泌腺から弱アルカリ性の粘液が塩酸に対抗して大量に分泌されて,球部とそれに続く十二指腸を守っている。 さらに十二指腸の中ほど十二指腸乳頭(duodenal papilla)から湧き出てくる膵液(すいえき,pancreatic juice)は消化酵素以外はほとんど 100 mEq/L を超える重炭酸イオン(HCO3)の溶液(pH 8)で,これが十二指腸内の中性-弱アルカリ環境を安定させるように働いている。 十二指腸は胃と違って逆蠕動もあるので,これも胃の酸性物質が十二指腸全体に広がるのを阻止する役割をしているのかもしれない。

●胃腸は空っぽでも運動している

胃腸の運動は食べ物を分解して消化するためのものだから,空っぽのときにはだらっと休んでいて,食べ物が近づくともぞもぞと動き出すのかなと思っていたら,むしろ中身がないときの方が比較的型にはまったしっかりした収縮運動を繰り返しているのだという。 食事をして数時間たったころ,胃腸が空っぽになった後いったん運動は休止するけれど,しばらくすると胃と十二指腸が再びもぞもぞと不規則な運動を始め,その後ぎゅう,ぎゅうと強い規則的な収縮と弛緩を繰り返してはまた次第におとなしくなっていく。

全体で90分くらいのこの運動セットを次の食事が来るまで何度となく繰り返すそうだ。 英語で interdigestive migrating motor complex (IMMC) ,日本語では「空腹期伝播性運動群」とか「消化間欠期伝播性収縮群」とか人によって呼び名は今のところまちまちだけど,立派な名前がついている運動で,結構力強く収縮しているようなのだ。 中身は空っぽなのに何をやっているのだろうかと思う。 たぶん,空っぽのときを利用して胃腸の壁に残ったカスや細菌たちを押し流して清掃しているのだろうと言われている。

●胃は自分では逆流しない

胃が逆流するとよく言うけれど,具合が悪くなってもやはり胃は一方通行の運動しかできない。 だけど実際,ゲロを吐くときは胃の中身まで出てくるではないか。 実はあれは胃そのものの逆蠕動ではなくて,腹筋と横隔膜で外から胃をつぶして無理やりに中身を押し出しているのだそうだ。

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参考にしたサイト

 ⇒ 食物の胃での滞留時間、ご存知ですか?(医療法人弘鳳会コラム )
 ⇒ 炭水化物とタンパク質はどっちが胃滞留時間が長いのか?
Gastrointestinal Transit: How Long Does It Take?, HyperTexts for Biomedical Sciences, Colorado State Unversity.

・胃と十二指腸の働きについてもっと知りたい
 ⇒ 胃のサイエンス(エーザイ提供)
 ⇒ 腹部膨満感,腹鳴(Drみやけの家庭の医学)(←胃の運動について書いてある)
 ⇒ 上部消化管内pHの測定とその臨床的意義(東京慈恵会医科大学・綿貫教授)
 ⇒ ヒト胃十二指腸運動と十二指腸内phとの関連に関する研究 (群馬大学第1内科)
 ⇒ 解剖生理学 17話「消化器」(たませんせいの授業)

○関連する記事

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[053] アセチルコリン受容体 acetylcholine receptors (GB#114B03) AChreceptors80k3.gif

○参考文献

臓単―ギリシャ語・ラテン語 (語源から覚える解剖学英単語集 (内臓編))
カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
細胞の分子生物学, ニュートンプレス; 第5版 (2010/01)
トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社

rev.2010719, rev.20150315, rev.20170211,rev.20170505,rev.20170518, rev.20180430, rev.20210301.

◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)

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