[005] 蠕動(ぜんどう)運動 peristalsis (GB#105B01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●腸の運動は腸が考える
口から入った食べ物は粉砕(ふんさい)されて混ぜられながら,食道(esophagus)から胃から腸へと流されていく。
この流れは血液みたいにどこかに強力なポンプがあれば済むというものではない。 そんなことをしてもドロドロしているのですぐに詰まってしまう。 その場所,その場所で次に続く先に送り込まなければならない。 この流れを担っているのが消化管の蠕動(ぜんどう)という運動だ。
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●管は平滑筋でできている
基本的に消化管は縮む方向が異なる2層の筋肉の壁でできている。 内側の層は,筋がリング状に並んでいる輪走筋(りんそうきん,circular muscle)で,縮むと管が細く絞り込まれる。 外側の層が管の長軸方向に筋が並んでいる縦走筋(じゅうそうきん,longitudinal muscle)で,縮むと管が短くなる。 どちらも平滑筋(へいかつきん,smooth muscle)でできている。
●筋収縮のリレーで蠕動がおきる
縦走筋は管が縦に伸びきらないように緊張することで働いている。 蠕動では部分的な輪走筋の収縮と弛緩がリレー方式で流れるように一定方向に進む。 送り側の輪走筋が管を絞って,受け入れ側の輪層筋がゆるんでセットになって内容物を押し流していく。 消化管の壁が移動してきた内容物で拡張されると,ワンテンポ遅れて自動的にその壁が強く収縮するという反応が起きて,それが繰り返されると自然に蠕動によるブツの移送が起きる。
●収縮と弛緩のリレーは腸の神経がコントロールする
こういう一連の筋の運動は神経によるコントロールが必要だ。 消化管はこのための特別の神経ネットワークを独自にもっているところがすごい。
輪走筋と縦走筋の間にあるアウエルバッハ神経叢(しんけいそう,Auerbach’s plexus)とマイスナー神経叢(Meissner’s plexus)という自律神経系(じりつしんけいけい,autonomic nervous system)の網がそれだ。 一見,町で売っているみかんのネットみたいな姿が神経叢だ。 本来,中枢神経は脳と脊髄を指して,それ以外は末梢神経だけど,胃腸の自律神経のネットワークはもうひとつの中枢神経だとも言われる。 アウエルバッハ神経叢とマイスナー神経叢は消化の状況によって,反射(reflex)のはたらきで自分で消化管の運動の調子をコントロールする。
ただ,あんまり頭はよくないので基本的に蠕動は口から肛門に向かっての一方向に決まっている。 「腸管の法則,law of intestine」というしっかりした名称がある。 脳や脊髄からの神経は活動の程度を調節するけれど,運動の方向までは口が出せないらしい。
※蠕動の方向はその管の中に備わっているので,なにかの事情で,ある部分で蠕動を逆に向かわせたいときは,その部分を両端を切って取り出して,逆向きに縫い付けなおすという手術まであるそうだ。 ⇒ 腸管逆蠕動間置術について
※大腸でも上行結腸では「逆蠕動(antiperistalsis)」が起きるという。 かたまりが上行結腸の上から下へ移動するなら通常の蠕動の逆方向になるけど,実際どうなのだろうか(・・・そうらしい)。 上行結腸の逆蠕動はかたまりから水分を抜くためにわざと貯留させる働きがあるという。 胃と空腸をつなぐ十二指腸に限っては逆蠕動も起こるという記述もある。
・調べていくとキャノン・ボエーム点(Cannon-Bohm point)とかハウストラ(=結腸膨隆,haustra coli)の収縮とか,大腸の動きも意外と複雑のようだ。
●ミミズの蠕動
ミミズが這う(はう)運動も蠕動と呼んでいるけど,こっちはおもに縦走筋が収縮と弛緩を繰り返して,運動パターンは実際は違っている。英語ではこっちはvermiculationといって別の名前がついている。
⇒ミミズロボット
●腸管の神経系がない病気
腸管の運動をコントロールする神経叢が生まれつきできてこない,ヒルシュスプルング病(Hirschsprung’s disease)という病気がある。 部分的になかったり,かなり長い距離にわたって欠損したり程度は様々らしいけれど,神経叢が無いところでは腸管の運動が起こらないから,栄養素の消化と吸収が大きく障害される。 最近,この病気の発症のしくみの一端が,ねずみの実験でわかってきたという。
⇒「第二の脳」と呼ばれる腸管神経系が形成される機構をマウスで解明(2012年8月)
●尿も蠕動で運ばれる
管の蠕動でものを運ぶのは消化管ばかりでなくて,腎臓(じんぞう)から出来たばかりの尿を少しずつ膀胱(ぼうこう,bladder)まで運ぶのも,尿管(にょうかん,ureter)の蠕動運動だ。 膀胱に尿が溜っても,腎臓に逆流による負担をかけない工夫といえる。
消化管の入り口は骨格筋で蠕動運動させている
消化管の食道の途中から肛門まで,蠕動は平滑筋と,その周りを囲む自律神経系のネットワークが中心となって自動的に進む。 だけど,食道の上 3 分の 1 から上は管の周りを包む筋肉は骨格筋なので,飲み込むときの動作は蠕動の動きとはいえ,その下の平滑筋の蠕動とは違っている。 コントロールする中枢神経は管の外の延髄(えんずい,medulla oblongata)にあって,そこから遠隔操作で嚥下(えんげ,swallowing / deglutition)という蠕動みたいな飲み込む運動を起こしているのだ。 こっちは本家の脳でコントロールしているので,場合によっては途中で止めたり,逆向きに押し出したりも可能なところが大事なポイントだ。
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◯参考にしたサイト
⇒腸の超能力についてもっと知りたい ・・・「腸の不思議」
⇒平滑筋についてもっと知りたい
⇒小腸についてもっと知りたい
⇒アウエルバッハ神経叢についてもっと知りたい
⇒小腸・大腸の逆蠕動例,當瀬規嗣,日本医事新報,2016-10-18。
⇒ミミズについてもっと知りたい
○関連する記事
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◆[008] 弁の働き valve in the thin‐walled vessel
◆[054] 気道と食道の切り替え switching of the airway and esophagus (GB#105A04)
◆[017] 糖質の吸収 absorption of carbohydratel
◆[035] 骨格筋収縮の張力 tension of the skeletal muscle contraction
◆[046] 消化と代謝 digestion and metabolism
○参考文献
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・イラスト解剖学,松村 讓兒,中外医学社
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
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◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)