[045] 皮膚の動静脈吻合 arteriovenous anastomoses in skin (GB#103B05)

[045] 皮膚の動静脈吻合 arteriovenous anastomoses in skin (GB#103B05) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab

動静脈吻合arteriovenous anastomoses
●手の冷たい人は心があったかい?

子供のころ,こういうことを言う友達がいた。 実は英語でも”Cold hands, warm heart.”という昔からの言い伝えがあるという。 少なくとも手が冷たい人と暖かい人がいるというのは世界的にも共通の認識なのか。 手の温度の違いは,体熱の発散量の違いだ。 手が冷たいときは放熱が少ないということだから,体内に熱がこもって,「心」も温かい,ってことかな?

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●熱は血液で運ばれてくる

手が温かい人でも,手のひら(手掌;しゅしょう,palm of the hand)でその熱を作っているわけじゃない。 熱を発生しているのは主に,絶えず盛んに代謝活動をしている身体の中心部だ。 そこで生まれた熱は血液を温めて,その血液を通じて身体の隅々まで運ばれて,その場所ごとの体温を維持しながら,最終的には身体の表面,皮膚から外に捨てられている。 手の冷たい人でも仕組みは一緒だ。 熱は全身の皮膚から逃げていくけれど,手の冷たい人は少なくとも,手掌から逃げていく熱の量が,なぜか暖かい人に比べると少ないというわけだ。

●身体は皮下脂肪で包まれている

皮膚は大雑把にいうと,一番外側から表皮(ひょうひ,epidermis),真皮(しんぴ,dermis),皮下組織(ひかそしき,subcutaneous tissue)からなる。 血管が走っているのは真皮までで,表皮には血管はない。

 よく話題に上る皮下脂肪(subcutaneous fat)というのは,皮下組織に貯まっている脂肪だ。 「皮膚の下」という意味だろうから,ひょっとしたら「皮膚」には含めないのかもしれないけれど,真皮と皮下組織のはっきりした境界の層はなくて,真皮のすぐ下にはいつも皮下組織が続いている。 表皮と真皮は合わせても厚さは2mmもないのに,皮下組織はその何倍もある。 場所によってずいぶんと差があるけれど,指でつまんで,これが皮膚だと思っている厚さの大部分は実は皮下組織のはずだ。

●脂肪の外側に血管に富んだ真皮がある

皮下脂肪は断熱効果が高いと言われる。 実際のところは,同じ厚さの水に比べてせいぜい 2 分の 1 程度の伝導率みたいなので,それほど断熱効果が高いわけではない。 それでも脂肪の層を厚くすれば,水分の多い細胞の薄い層よりずっと熱の移動は少なくて,ある程度,保温剤の働きをするだろう。 だからヒトの体はいったん,全体を柔らかい保温剤で包み込んでいるかっこうになる。arteriovenous anastomoses 焼き芋を新聞紙で包み込んでいるようなものだ。 

ところがヒトの体ではその保温剤を血管が貫いて,あらためてその外側に,血管が豊富な真皮層を作っている。 簡単に出血しないように真皮の外側の表皮の層には血管はないけれど,表皮の細胞は盛んに増殖して入れ替わりをしないといけないので,表皮のすぐ下には血管の豊富な部分が不可欠なのだ。

●ある程度保温しつつ,放熱を調節する

皮膚の血管は保温剤の外に広がっているから,真皮を巡る血液は保温剤の下にあるときと違って,楽に皮膚の表面に熱を逃がすことができる。 つまり皮膚は熱を逃がしにくい内側の層と逃がしやすい表層の二重構造になっている。 ここが体温調節のうえでの皮膚の働きの重要なポイントだ。 この構造で皮膚に循環する血液の量が増えると身体の外に熱が多く逃げていくし,血液量が減ると保温剤の役割が効いて身体の中から熱が逃げにくくなる。 

皮膚の血管は実際,身体の中が熱くなって熱を逃がす必要があるときは広がって血流が何倍も多くなるし,逆に寒くて体温を保たなければならないときには,極端な場合は少なくとも表層の血流は止まるくらいまで,大幅に減少する。 熱伝導率は温度によっても変わる。 温度が下がると水分の多い組織の熱伝導率は高くなる一方で,脂肪の熱伝導率は低いままらしい。 よって,保温効果に対する皮下脂肪の役割はさらに増大する。 

逆に,体外の温度が高くて,皮膚の表面温度が体温より高くなった時も皮膚血管が収縮して血流を抑えることが知られている。 体内の温度を正常に保つことが目的なら当然の反応だろう。

●手には特別な調節装置がある

血管の一番大事な役目は,身体のすみずみの組織の毛細血管(capillary)に新鮮な血液,動脈血(arterial blood)を運んで,そこから組織のいらなくなったものを回収することだ。 だから血管の流れは,動脈 ⇒ 毛細血管 ⇒ 静脈の順に続いていることが原則だ。 

だけど,身体の一部,特に手のひら,指,足の裏と指,それに唇や頬,耳なんかの皮膚の真皮には,通常の血管網に加えて,動脈 ⇒ 静脈,というふうに毛細血管を飛ばした動脈と静脈の直接連絡が数多く見られるという。 この直接連絡を皮膚の「動静脈吻合」(どうじょうみゃくふんごう)という。 arteriovenous anastomoses英語では arteriovenous anastomoses と,やたらと長い単語になってしまうので,AVA (ArterioVenous Anastomoses)と,逆にシンプルすぎて意味がつかみにくい略号で書かれることが多い。 

実際のところ,まだははっきりしない部分が多いらしいけれど,皮膚の AVA は熱の発散を調節する特別の装置だとみなされていて,教科書にもそう紹介されているものだ。 ただし,説明のしかたがあまりに簡単すぎるので,たいていはよく意味が分からない(笑)。

●動静脈吻合は大量の血液を流す

毛細血管につながる末梢の血管は基本的に,交感神経(sympathetic nerve)の支配(innervation)を受けている。 神経活動が高いと血管の平滑筋(smooth muscle)が収縮して血流が抑えられ,逆に血管を広げるときは神経活動を抑えるという調節が効いている。 皮膚の動静脈吻合はだいたい真皮の深い層にあって,周りの血管よりもずっと分厚く平滑筋が取り巻いて,交感神経の支配も特別に豊富だという。 

特に暑くもなく寒くもない普段は,この動静脈吻合は閉じてるらしい。 そのとき,血液は普通に浅い層の毛細血管を介して循環している。 それが体温が上昇して熱を外に逃がさないといけないようになると,この血管を支配している交感神経の活動が抑えられて動静脈吻合が開く。 血管全体が拡張するので毛細血管に行く血液も増えるけれど,動静脈吻合を通った血液は毛細血管には行くことなく,熱だけ放り出して,すぐに静脈に流れこむ。 動静脈吻合は最大で毛細血管を流れる量の 200 倍とか 500 倍とかの血液を流す能力があるというから,その効果はけた違いなのだ。

●冷えた時にも動静脈吻合が開く?

arteriovenous anastomoses冷たい環境にさらされたときは皮膚の血管は収縮させて血流を抑える。 できるだけ体内の熱が逃げていくのを防ぐためだ。 だけど皮膚の循環を抑えることは,熱は逃げにくくなる一方で,皮膚の細胞にとっては生死にかかわる厳しいやり方だ。 低温になると細胞の代謝も落ちるから,虚血状態にも強くなる。 

とはいっても長引くのはやはり不利だ。 そんな時に,身体の部分にもよるけれど,皮膚の血管は時々勝手に開いて一時的に血流を再開する。 循環が止まるほどの低温になると神経線維の興奮伝導もブロックされるので,血管を閉じていた交感神経の作用がなくなって,平滑筋が勝手に弛緩するのではないかという。 血流が再開すると組織の温度が上昇して,神経活動が復活すると,また血管が収縮して循環が抑えられ,また組織が冷えるという繰り返しだと考えられているようだ。 (実際にはうまくいかなくて,しもやけになったり凍傷になったりするけどね。)

●動静脈吻合は役に立っているのか

動静脈吻合は体温調節に強く関わっていると考えられているけれど,その場所は全身に広がっていない。 なぜかダイビングのウエットスーツ(wetsuits)に隠れるような場所にはほぼ存在しない感じだ。 より正確にいうと,サルだったら体毛でおおわれている場所にはなくて,体毛が生えていない狭い場所に限局している。 体毛がしっかり覆っている皮膚にあってもあまり熱放散効果は望めないから,それでよいのだろう。 

もともと汗腺(sweat gland)もヒト以外は体毛のある部分にはない。 汗腺はヒトでは全身に広がったけれど,動静脈吻合は祖先の分布をほぼそのまま引き継いでいる格好だ。 ヒトで手の動静脈吻合が体温調節にどれだけの意味があるのだろうか。 面積の効果をごく大雑把に計算すると,両手の面積は合わせておよそ 300 cm2 くらいで,それに対して全身の体表面積はおよそ 16000 cm2 なので,わずか 2 % 程度の影響力しかない。 どうやら人にとっては,「手を温める効果」のほうが大事な気がする。

●手から熱を取り出せば身体が冷える?

手の動静脈吻合が最大に働いても,手は温まっても体温は思ったほど下がらない。 手のひらと足の裏は生理学の教科書では,「温熱性発汗」(thermal sweating)が起きない場所として知られている。 手に汗をかくのは,ひやひや,どきどきしたときの「精神性発汗」(mental sweating)なのだ。 だから体温が上がって手の皮膚に熱が伝わっても,汗はないので,手は熱くなるけれど,それほど熱は逃げない。 空気は脂肪よりもずっと断熱効果が高いから当たり前だ。 しかし,例えば流れる水の中にほてった手を浸けると全然違ってくる。 余った熱は皮膚に触れた水にどんどん伝導して逃げていくだろう。 

間違って氷水に手を浸けると,血管収縮という生理的反応が起きて熱放散を妨げてしまうから,あまり冷たくない水というのが大事なミソだ。 アメリカの大学でこの作用を効果的に使って,片手だけで全身体温を急速冷却する装置が開発されて,商品化されている。 (この会社,もう作るのやめたそうです。会社名も変えて別の方向で開発を行ってるということ。20190717)

たぶん,手をほとんどの時間,空中に放り出しているのは人間くらいなもので,普通の動物たちはいつも地面に前足,後ろ足もつけているか,何かに掴まって生活しているから,その皮膚での熱放散の調節はずっと効果的に働いているのにちがいない。

●人による手の温度の違いはあるのか

自分の周りで調べてみたら,確かに手の温かい人と冷たい人がいるようだ。 温かいほうはだいたい 33 ℃から 34 ℃,冷たいほうは 27 ℃から 28 ℃あたりで,連続していない(室温 23 ℃,AS ONE 赤外線放射温度計 ISK-8700ii を使用)。 5 ℃も差があると,手の温かいほうからすると温度の低い方の手ははっきりと冷たいという感覚がある。 人数は温かいほうが多く,少なくとも自分の周りでは冷たい手は少数派のようだったけれど,この人たちの心が温かいかどうかは残念ながら ISK-8700 では判定できなかった。 

自分自身は手の温度は,時に理由もなし 30 ℃くらいに下がることはあっても,だいたい 33 ℃で,温かい手の持ち主に入る。 低体温の人がいるとはいっても,体温は 5 ℃も違わないので,手が温かいということは平均的に皮膚の血管が緩みがちで,手が冷たいということは平均的にそれが絞られぎみということになるだろう。 

手が温かかろうが冷たかろうが,体温はほぼ同じだとすると,手がいつも温かいのはちょっと無駄にエネルギーを発散しているような気もする。

●手の冷たいと温かい行動をとりやすい?

アメリカの科学雑誌でちょっと前に,ある心理学実験の結果が話題になっていた。 実験そのものは割愛して,その主張を大雑把にまとめると,暖かい物に手で触れていた時は無意識のうちに目の前の人を温かい人物と判断しやすく,その時に何かいただける物を選ぶとすると,自分のためより,友達のために選ぶ傾向がある。 一方で,冷たい物に触れていた時はその逆で,無意識のうちに利己的な判断をしやすい傾向があるというものだ。 

この報告がいくつかの別の一般向けの雑誌などに引用されて,冷たい手の人に触れたら,心理学的にはその相手にあまり良い感情をもたないのが本音ということだから,“Cold hands, warm heart.”という言い伝えは,あえてそれを打ち消す社会生活の知恵みたいなものという,よくわからない解釈になっているようだ。 

実験報告した本人たちは全くこの言い伝えには触れていないので,余計なお世話だろうけど,この報告から素直に言えることは,「人は暖かい経験をしたほうが温かい行動がとれる」ということだろう。 そうすると,手の冷たい人は,自分自身より手の温かい人や温かい物に触れる機会が多いのだから,ついつい温かい行動をとりやすい,ということもあるのではないか? とすると,結果的に「手の冷たい人は心があたたかい」というのは...そのまんまやないか!

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○参考にしたサイト

Arterio-Venous Anastomoses and Thermoregulation (1991)(pdf)
The Anatomy and Histochemistry of the Arteriovenous Anastomosis in Human Digital Skin.(1956) (pdf)
・食品の熱伝導度,(リンク元削除,2017-7-4) ⇒ 食品科学便覧,共立出版(株),食品科学便覧編集委員会編参照
加熱調理と熱物性,杉山久仁子,日本調理科学会誌,2013.(pdf)
AVAcore Technologies and CoreControl. ←もうこの会社はたたんで,別会社としてこんどは加温装置を開発しているそうです。(20190717)
Experiencing Physical Warmth Promotes Interpersonal Warmth, Williams and Bargh, SCIENCE, 2008.
A More Social Explanation of “Cold Hands, Warm Heart”, Krystal D’Costa, Scientific American, 2012.
気温 38℃は暑いのに,38℃のお風呂はなぜ熱くないのか, 自然科学コンクール第43回入賞作品中学校の部文部科学大臣奨励賞,2002. 。
同じ 33℃で気温は暑く水温は冷たいのはなぜ, 日常の化学工学, 化学工学資料のページ
日本人の体表面積, 暴露係数ハンドブック, 独立行政法人産業技術総合研究所.(pdf)
動静脈吻合(AVA)血流と四肢からの熱放散調節, 平田耕造, Jpn.J.Biometer 63 (2016)[pdf, J-Stage] ← 前腕の放熱に大変役立っているという論文。
手足の冷え防ぐ6つのコツ カギ握るは「AVA血管」神戸女子大学教授の平田耕造さんに聞いた。2017/12/1

○関連する記事

[038] 深部体温の恒常性 homeostasis of the core body temperature 041-heartmuscle80.gif
[048] 表皮細胞の入れ替わり epidermal cell turnover 
[025] 血管の運動 vasomotor
[033] 平滑筋の収縮 smooth muscle contraction
[016] 血液循環 blood circulation
[001] 心臓のポンプ機能 heartbeat pumping

○参考文献

カラー版 ボロン ブールペープ 「生理学」, 西村書店
カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社

rev.20141119,rev.20141211,rev.20160422,rev.20170506, rev.20170716, rev.20170921, rev.20171025,rev.20180729,rev.20190503,rev.20190717, rev.20210604.

◆基礎医学教育研究会(KIKKEN)

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コメント

    (ceokikkenより) [2020/08/31][6:06 PM]

    コメント有難うございます.お役に立てて幸いです.内容等にお気づきの点があればご遠慮なくご指摘ください.これからもよろしくお願いします.

    (佐 藤 辰 夫より) [2020/08/31][5:57 PM]

    基礎からのご説明で理解が深まりました。折に触れメカニズムを確認したいと思っております。 ありがとうございます。

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