[034] 精子形成 spermatogenesis (GB#110D01) | 基礎医学教育研究会(KIKKEN)Lab
●父親不在?の精子誕生
男性ではものごころつくと精巣(せいそう,testis)で精子(せいし,spermatozoa)が大量生産されるようになる。 毎日,数千万から一億を超える数の新しい精子を数十年にわたって細胞分裂によって生み出し続けるという。 精子は男性だけで産生されるので,精子のもとになる細胞は”父親”かと思ったら,日本語では精母細胞(せいぼさいぼう)と言って母親扱いなのだ。 精子だろうがなんだろうが,直接生み出す親は母親でしかありえないというわけか。
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精母細胞は英語ではspermatocyte,直訳すると「精子の細胞」になってしまいそうだけど,どこにも母親とは書いていない。 といって父親とも書いていない。 もともと業界では国外でも,細胞分裂したばかりの細胞を娘細胞(じょうさいぼう,daughter cell)と呼ぶ習慣がある。 娘だったら成長して親になるときには母親だから,分裂する前の細胞を母細胞というのはおかしくはないかもしれない。 だけど,精子を作る細胞が,男性の身体にあって,母親というのはちょっとさびしくないかな? 母や娘といえ,持っている性染色体はXYなんだけど...
Contents
●精子ができるのはトンネルの中
精巣の中は曲精細管(きょくせいさいかん,convoluted seminiferous tubules)という細くて長い管のかたまりだ。 一本の長さは 40 cm とか 60 cm とか 1 m とかいろいろ書いてあるけれど,ループ状の管で,太さはだいたい 0.2 mmくらいで落ち着いている。 管の中心には精巣の外までずっとつながる中腔が貫いている。 この管が一つの精巣におよそ 500 本くらい,激しく曲がりくねりながらぎっしりと詰まっている。 精子はこの管の中で作られるのだ。 基本的に管の壁(精上皮,せいじょうひ,seminiferous epithelium)にある細胞が段階的に管の中腔に向かって移動しながら変身して,気が付いたら精子になっている。 この管全体がすべて精子工場だ。 ただし,精細管の壁は精子になる細胞だけでではなくて,大雑把に分けると,自ら精子になる細胞と,その過程をサポートする細胞の二通りからできている。
●精子への道のりはまず数を増やすことから
精子ができる道のりは,管の周囲を囲んでいる基底膜(きていまく,basal lamina)のすぐ内側に貼り付いている精原細胞(せいげんさいぼう)と精粗細胞(せいそさいぼう)から始まる。 それぞれどう違うのか?と思うけれど,実はどちらも英語では spermatogonia と呼ぶ。 ようするに日本では人によって呼び方が違っているだけで二つとも同じものだ。 ただ,この中には,延々と基底膜のそばで細胞分裂を繰り返して増殖し続ける細胞(幹細胞)と,そのうち基底膜から離れて精子に変身していくことをにらみながら分裂している細胞と,実際に離れて精子に変わっていく細胞が混在しているはずだけど,教科書的にはそれは区別されていない。 この場所で精原細胞は 6 ~ 7 回の体細胞分裂を繰り返して数を増やした後,次のステージに進むという。
生殖細胞の体細胞分裂は変わっていて,細胞分裂と言っても分裂した細胞は完全には切り離されないで細胞膜が一部つながった中途半端な「合胞体」(がっぽうたい,syncytium)という状態で,そのままで次の細胞分裂を繰り返す。 そのためうまくやると同じ系列の分裂細胞がずらずらっとまとめて捕まえることができて,だいたいの数がわかるというわけだ。 6 回分裂すると,2 の 6 乗個,つまり 64 個,7 回だったら 128 個の精原細胞ができあがる。
●第二ステージは別世界
精原細胞のかたまりのゾーンは,精子製造を強力にサポートするセルトリ細胞(Sertoli cell)で囲まれている。 セルトリ細胞は基底膜から内腔まで伸びる,背が高くて大きな細胞だ。 精細管の断面で見ると,精原細胞のかたまりとセルトリ細胞は交互に並んで配置している。 精原細胞をはさんだセルトリ細胞同士は精原細胞の上で密着結合(みっちゃくけつごう, tight junction)で連結していて,精原細胞側と中腔側を隔てる一種のバリアを形成している。 この血液精巣関門(blood-testis barrier)という名前が付けられたバリアは,この後のプロセスの細胞を体内の免疫機構から守る働きをしていると説明されているけれど,言ってみればここから先はもう身体の外に近い別世界だ。 数を増やした精原細胞から次々に,セルトリ細胞の隙間を抜けてこのバリアを越えていくと,そこで細胞の性質が一変する。 減数分裂(げんすうぶんれつ,meiosis)をする細胞,精母細胞になる。
●減数分裂は2回おきる
減数分裂というのは体細胞が持っている2セット( 2n )の染色体が1セット( n )ずつ別々の細胞に分けられる細胞分裂だ。 ヒトの場合は1セットは 23 本なので, 46 本が 23 本になる分裂になる。 精母細胞から精子になるときにはこれが2回おきると聞いて怪しんだ。 半分になるには1回で十分だろう。 半分になる”減数分裂”を2回したら4分の1になってしまう。 それはおかしい,と思っていたら,ちゃんと”半分になる分裂”が 2 回おきているので感心した。 実は,バリアを越えた精母細胞は分裂の前に染色体をそれぞれ複製して,セットは 2 つでも染色体の量はそれぞれ 2 倍 ( 4n )になっている。 一回目ではそれが半分( 2n )になって,二回目ではそれが半分( n )になって,出来上がった精子細胞では染色体は1セット( n )になっているのだ。
一回目の減数分裂の前に,体細胞分裂と同じように染色体が 2 倍になるというのがミソだったのだ。 だったら体細胞分裂と同じじゃないかと思ったら,染色体の別れ方が体細胞分裂と減数分裂では違っている。 体細胞分裂では同じセットの細胞を二つ作るように染色体が分かれる。 性染色体はかならず XY がセットで分配される。 それに対して,減数分裂の場合は,一回目のときに,X と Y がばらばらに離されるのだ。 性染色体は 2 倍の X のセットと 2 倍の Y セットに切り離される。 二回目の減数分裂では,それぞれの細胞がそのまま半分ずつに分配され,その後はもう細胞分裂はしない。
●精子の母親は娘でもある
バリアを出て精母細胞は2回の減数分裂をするので,一回目の減数分裂を第一次減数分裂,その分裂をする前の細胞は第一次精母細胞(primary spermatocyte)と呼ばれる。 第一次減数分裂でできた細胞は第二次精母細胞(secondary spermatocyte)になる。 n × 2 倍の染色体を持った第二次精母細胞は染色体を複製することがないので,すぐに次の減数分裂,第二次減数分裂に入って 2 つの精子細胞(spermatid)が生まれる。 日本では,第一次精母細胞,第二次精母細胞をそれぞれ精母細胞と精娘細胞(prespermatid)という呼び方もある。 第二次精母細胞は大きくならないまま細胞分裂するので,大人にならずに娘のまま子を産むという見方をすれば,こちらのほうがあっているかもしれない。 精母細胞の分裂も精原細胞のときと同じように,完全に分離するのではなくて,精子細胞になっても4つ子の兄弟姉妹はいっしょにつながったままだそうだ。
●ヘンタイな精子
1個の精母細胞から2回の減数分裂を経て,X染色体をもった精子細胞とY染色体をもった精子細胞がそれぞれ2個ずつできる。 これまでもずっと傍らのセルトリ細胞は精母細胞の変身を助けてきたけれど,精子細胞を包み込み,必要な栄養を与え,いらないものを取り除き,細胞核の中身を凝縮し,尻尾を生えさせ,徐々に独特の精子のカタチに仕上げていくのはセルトリ細胞の最後の大仕事だ。 このプロセスは変態(へんたい,sperm transformation)と呼ばれている。 精子として”成熟”するのはまだまだ先だけど,カタチとしてはセルトリ細胞の先端に埋まっている間に完成する。 そして時期が来ると,精子は先端から一斉に内腔に放出されて,バラバラになった精子は,精巣の外の精巣上体(せいそうじょうたい,epididymis)に向かって流されていくという。 いよいよのとき,射精されるまで,精子は自力で泳ぐ力は与えられていないのだ。
●精子は毎日,波打つように大量生産されている
教科書を読むと,曲精細管内で精原細胞の状態から精子ができるまでに 70 日あまりかかると書いてある。 だけどこれは幹細胞の増殖から精原細胞に切り替わったらあとは精母細胞に向かって決まった回数の増殖を繰り返すとみなした場合の計算によるのだろう。 最近の研究では,精母細胞としてつながりあった分裂増殖をしていても,ときどきちぎれて短い集団に戻ったり,一つだけちぎれて幹細胞に戻ったり,結構往ったり来たりをしているのだというから,そうするとどこから日数を数えたらいいのかよく分からないのではないか? それでも精子形成のプロセスはきちんとしたスケジュールにのって粛々と進められているらしい。 曲精細管の狭い場所だけで見ると,精子の放り出しはおよそ 16 日ごと(?)に一定のリズムで繰り返されている【リンク切れで,日数の詳細不明】。 この周期が管の長軸方向に沿って1日分ずつずれているそうで,そのため長い曲精細管の中を精子形成の波が 16 日分ごとに毎日移動していくのだという。
●精子の誕生に必要なホルモン
この精子形成のプロセスは,曲精細管のすぐ外で作られるテストステロン(testosterone)という男性ホルモンによって促進される。 ライディッヒ細胞(Leydig cell)と名づけられた間質細胞がこのテストステロンを作る。 テストステロンはステロイドホルモン (steroid hormones) なので,細胞膜や基底膜を越えて精上皮まで拡散して,セルトリ細胞に強く働きかけて,精子形成の後押しをするのだ。
精子ができあがる過程のどこを見ても,直接に精子細胞に繋がる細胞に”父”の名をつけた細胞はない。 しかし男性ホルモンを浴びて,強い力で精子の成長をしっかりと推し進めるセルトリ細胞が,精子の父親と言ってもいいかもしれない。
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○参考にしたサイト
・精子発生
・精子発生(顕微鏡写真ギャラリー Microscopic Image Gallery)
・未成熟マウスにおける精子形成周波の形成
・精子形成の周期と波とビタミンAの話【リンク切れ・行方不明】
・1つの幹細胞からできる精子の数は周期的に変動することを発見,京都大学,科学技術振興機構(JST),平成28年8月9日
・減数分裂:Tokyo Medical University Department of Paediatircs Genetics Study Group
・(2010年 3月19日)多く,長く,精子を作り続ける秘訣 ~ほ乳類精子形成における新しい分化モデル~
・マウスの精子形成 か らみえてきた“しなやかな”幹細胞-ニ ッチシステム,蛋白質 核酸 酵素,Vol.53,No.9,(2008)
○関連する記事
○参考文献
・プロッパー細胞生物学: 細胞の基本原理を学ぶ,化学同人
・Essential細胞生物学〈DVD付〉原書第3版,南江堂
・カラー図解 人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版,坂井 建雄,日本医事新報社
・人体機能生理学,杉 晴夫,南江堂
・トートラ人体解剖生理学 原書8版,丸善
・柔道整復学校協会編「生理学」,南江堂
・東洋療法学校協会編「生理学」,医歯薬出版株式会社
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